AI による発明という変革に遅れを取る特許法
発明のプロセスは AI によって一変しつつあります。特許権者、そのアドバイザー、裁判所、政策立案者にとって、これは答えが求められる難しい問題を突き付けています
文責:Sharaz Gill
この 6 月に、Google は野心的なビジョンの概要を明らかにしました。科学研究目的で AI ツールを展開するプログラムの立ち上げに際したインタビューで、Google Research の Yossi Matias 所長は、AI を、仮説を生み出し、実験を提案し、科学的イノベーションのペースを加速させることができる共同研究パートナーであると述べました。
そのビジョンは多くの点でまだ理論の段階にとどまっていますが、AI が文書作成やデータ分析といった役割を超えて、研究プロセスそのものに積極的に参加する方向に進んでいることは明らかです。こうしたことを聞くと、特許関係者にとってはおなじみの疑問がすぐに頭に浮かびます。すなわち、AI システムは発明者たりうるのか。
しかし、私の考えでは、AI が発明のプロセスの一部として受け入れられるようになったとき、さらに重要な疑問が生まれます。AI システムが最終的に発明となる技術的解決策を提案するのなら、人間の発明者がその発明に寄与する構成要素とは何なのでしょうか。発明に至る道筋が、実験ノートや研究者の間で交わされる議論ではなく、一連のプロンプトや AI が生成した応答に記録されている場合、発明者性はどのようにして判断すればよいのでしょうか。さらに根本的な問題として、AI が特定しなければ発見されないままだったかもしれない有望な技術的解決策を AI が日常的に特定するのであれば、特許法における発明の進歩性の判断方法も変わること になるのでしょうか。
AI が研究開発に組み込まれるようになるに伴い、AI は発明が創造されていく経緯だけでなく、これまで特許制度が依拠してきた法律上の前提も作り変える可能性があります。したがって、機械の知能によって人間の創造力がますます拡張されていく時代において、特許法で確立されている従来の発明者性と非自明性(進歩性)の概念が、なお妥当なものなのか、真に議論されることになります。
私がいつも手元に置いているデイヴィッド・ミッチェルの小説『クラウド・アトラス』の中に、こんな一節があります。ロバート・フロビシャーという登場人物が、創造力の衰えつつある老作曲家、ヴィヴィアン・エアーズの代筆者となります。最初は、その関係性は明確と思われました。一方が作曲者で、もう一方がそのアシスタントです。しかし、フロビシャー自身の音楽的創造性が作品の中に入り込み始め、それに伴ってその区別が不安定になっていきます。アシスタントはもはや他人のアイデアを記録するだけではなく、自身で作曲をするようになります。
小説に描かれたこの状況は、AI を活用した発明に関して、重要な示唆を与えています。誰を発明者としてその名を記載できるかは、すでに大筋で決着しています。一方、AI が発明のプロセスの不可欠な一部となれば人間の発明者性をどのように評価すべきかについては、まだ答えが出ていません。
例えば、新しい医薬品を開発しようとしている研究者がいるとします。この研究者は、昔ながらの実験を通じて候補となる分子を設計するのではなく、特定の生物学的経路を抑制する可能性が最も高い化合物を同定するよう、AI システムに依頼します。AI は候補化合物をまとめたリストを提示します。その中からひとつが選択され、合成され、最終的に新規性と進歩性の双方を有することが証明されたとします。
ほとんどの特許制度では、AI を発明者とは認めない可能性が極めて高いでしょう。しかし、だからといって研究者がこの発明を「着想した」のだという結論に必然的になるでしょうか。それとも、研究者は単に、別の情報源によって生成された解決策の重要性を認識していただけなのでしょうか。
特許法は長らく、発明の着想に貢献した者と、単にその発明を検証、実装、実用化した者とを区別してきました。AI はここに今までにないダイナミックな状況をもたらします。実験装置や従来のソフトウェアとは異なり、生成 AI は、まさしくこれまで「発明の段階」とみなされてきた段階、すなわち、規定された問題に対する技術的な解決策を特定する段階に寄与する可能性があります。
こうした状況でも、発明者性の再定義は必ずしも必要とはされません。人間の判断は依然として不可欠だからです。研究者は技術的な課題を設定し、AI の提案の妥当性を評価し、不適切な選択肢を排除し、提案された解決策がさらなる発展に値するかどうかを決定しなければなりません。これらの貢献は、決して些細なものとは言えません。むしろ、場合によっては、こうした行為自体が発明的な能力の発揮にあたる可能性があります。
しかし、科学研究において AI の果たす役割が大きくなるにつれ、特許庁や裁判所は、どこまでが人間の貢献であり、どこからが AI の支援を受けたプロセスであるかを決定することを 、ますます求められるようになるかもしれません。そしてこの問題は、法というよりも証拠の問題として扱われることになるでしょう。
記録に残る発明プロセス
従来、発明に至る道筋は、実験ノート、内部プレゼンテーション、電子メール、発明案の開示、関係する研究者の記憶から再構築することができました。これらの資料は通常、実験結果やプロジェクトの進捗が記録されているものですが、推論プロセスの中間の段階すべてが捉えられていることはほとんどありません。
これに対し、プロンプトを用いる AI システムでは、もっと詳細な証跡が残ります。ひとつのプロンプトで、技術的な問題の枠組みがどのように設定されたかが示される場合もあれば、AI の応答ひとつで、候補となる解決策を特定できる場合もあります。後にさまざまなプロンプトによって、研究者がどのように出力に疑問を投げかけ、条件を絞り込み、不適切な道筋を排除し、より有望な結果へとシステムを導いたかが明らかになる場合もあります。
こうした記録は、発明者性をめぐる問題の解決に役立つかもしれません。例えば、記載された発明者が、技術的な問題の枠組みを設定し、意味のある制約条件を課し、誤った方向性を排除し、特定の道筋が問題の解決に至る理由を認識するなど、真に技術的な判断を行ったことを示す可能性があります。逆に、AI が生成した応答の中に最初に決定的な技術的貢献が現れており、人間が果たした役割は選択、検証、あるいは所定の実装に限定されているということを示す可能性もあります。
こうした記録によって特許法が発明者として認めるような種類の貢献を、記載された人間の発明者が行っているかどうかが、明らかになる可能性があります。そうでない場合は結果として、発明者性の不備、権利をめぐる紛争、保有権の問題、さらには法域によっては有効性の問題が現れるかもしれません。
発明の進歩性:重要なのは発明に至る「道筋」なのか?
プロンプトと AI の出力によって発明に至った道筋が明らかになると、発明者性に関してだけでなく、進歩性に関しても、疑問が投げかけられる可能性があります。発明の進歩性は、先行技術から請求項の発明に至るまで当業者がたどったであろう道筋に左右されます。そして、その道筋はほとんどの場合、それによってどこに導かれたかをすでに知っている人間によって、事後に再構築されます。AI はそうした分析を複雑化します。
特許法が問うているのは、実際の発明者がその発明を困難なものと見なしていたかどうかではありません。欧州では、先行技術から始めて客観的な技術的問題に直面している概念上の当業者にとって、請求項の発明が明らかなものであったかどうかを問うことによって、発明の進歩性が客観的に評価されます。
それでも、発明への道筋は間接的に重要となる可能性があります。定められた明確な道筋が先行技術によって当業者に示されており、その道筋に従うことで成功の合理的期待を抱きながら発明へと導かれるなら、発明の進歩性を主張することは難しくなります。欧州特許庁(EPO)の判例法では、これを「一方通行」と表現することがあります。
英国の法律では、特に所定の実験を通じて進展が見られ、当業者が成功の合理的期待を抱いてその道筋を追求する意欲につながっている場合、「試みることが自明だったか」という分析を通じて重複の問題に対処しています。こうしたアプローチの現代的な声明が、Actavis 対 ICOS 訴訟で英国最高裁判所が下した判決です。同判決では、研究の道筋が定型的なものであったかどうかは、それ自体独立した判断基準ではなく、進歩性を判断する際に考慮すべき多くの要因のひとつとして扱われています。
AI が道筋を示すとき...
AI は、その道筋が、AI の助けを借りない当業者によってではなく、AI システムによって特定されたときに何が起こるかという、難しい問題を提起します。先行技術が複雑で、考えられる方向が数多くあると仮定します。人間の研究者は、先に進む明確な道を見つけることができないかもしれません。しかし、AI システムがあるアプローチを極めて有望な候補として特定します。研究者がその道をたどり、請求項の発明に到達した場合、AI は単に発明者を支援しただけでしょうか。それとも、入手可能な情報を適切に分析したうえで、発明に至る明確な道筋の存在を示したのでしょうか。
繰り返しになりますが、答えは単純ではありません。「一方通行」にしても「試みることが自明だったか」という分析にしても、関連する道筋は優先日において当業者に明らかであったことを前提としています。通常、普通の人間の能力をはるかに超えた規模とスピードで情報を処理できるシステムなら何を発見できたかを問うことはありません。したがって、AI が生成する提案は、取りうる道筋のひとつを示す証拠となるかもしれませんが、従来の特許法の意味では、その道筋が自明であったとの結論に至るわけでは必ずしもありません。
この問題の難しさは、2 つの研究チームが異なる道筋で同じ発明に到達した場合を考えると、より明確になります。一方のチームは従来の方式で進みます。文献を検討し、可能なアプローチをひとつずつ排除し、根気よく実験を進めた後、最終的に請求項の発明に到達します。もう一方のチームは、同じ先行技術を出発点としながら、関連する候補ソリューションが特に有望であると特定してくれる AI システムを使用します。発明は同一で、先行技術も同一です。技術的な問題も同一です。異なるのは、発明へと至る道筋だけです。
特許法は通常、こうした違いに法的意義を与えることには慎重です。発明の進歩性は、実際の発明者がどれだけ苦労したかを問うことによって判断されるものではありません。しかし、AI を活用した研究は、特許法にとって無視しにくい問題を浮き彫りにします。
AI で生成される道筋が当業者の通常利用できる手段の一部として扱われる場合、前者のチームの発明は、人間の創意工夫が相当に必要とされたとしても、自明なものとして扱われる可能性があります。
一方で、AI を無視するとしたら、後者のチームは、適切なプロンプトを策定し、提案された道筋を選択し、確認作業を実施する以外、ほとんど何の作業も必要とされなかった成果に対して特許による保護を受けることができます。
どちらの結果も、完全に満足のいくものではありません。特許法は、単なる忍耐、幸運、または定型的な検証に対して特許という報酬を与えることを避けようとする一方で、特定の発明者がたまたま強力なツールを使用したという理由だけで保護を否定することを避けようとします。
したがって、AI による支援が利用可能になったことによって、当業者が通常有する能力そのものが変化したと考えるべきなのかを検討することが重要になります。特許法はこれまでも、通常当業者が利用できるツールや知識をその能力の一部として扱ってきました。科学的データベース、シーケンス検索ツール、シミュレーションソフトウェア、計算モデリング、機械学習技術などはいずれも、適切な分野において、すでに通常の研究環境の一部となっています。
当業者の再定義
AI はこうした発展の次の段階に位置付けられます。特定の分野の研究者が AI システムを日常的に使用して文献検索、分子候補の生成、技術システムのモデル化、実験プロセスの提案を行うようになれば、それらのツールを当業者の能力から排除することは、もはや不自然でしょう。しかし、AI は従来の多くのツールとは異なります。AI は単に当業者の検索、計算、検証の作業をサポートするだけでなく、人間の研究者では独自に思いつかなかったかもしれない仮説を提案して有望な道筋を特定できます。
米国では、法理論上は異なる文脈ではあるものの、すでにこの議論への扉を開いているかもしれません。米国特許商標庁(USPTO)は現在、AI システムを、実験装置、コンピュータソフトウェア、研究データベースに類する機器として、つまり、共同発明のパートナーとしてではなく、人間の発明者を支援するツールとし て特徴付けています。こうした特徴付けは、人間の発明者性を維持するためであり、その目的のために機能します。しかし、実験装置、ソフトウェア、研究データベースは正確には、特許法で概念上の当業者が利用できるものとして考慮され得る種類のツールでもあるのです。したがって、発明者性を維持するためのこの類推が、発明の進歩性に圧力をかける結果になるかもしれません。AI が発明者の手元にある通常の研究ツールであるなら、なぜそれが当業者の通常の研究ツールではないのかを説明するのが、より難しくなるからです。
もっとも、その答えは、すべての技術分野で一律になるとは考えられません。重要なのは、個々の事案に即した判断です。すなわち、優先日において、その分野の当業者は通常、請求項の発明に至る道筋を特定できる AI ツールにアクセスできたでしょうか。
特許権者にとってここから得られる教訓は明確です。AI が発明に至る道筋に関与したなら、それは発明のストーリーの一部となります。その経緯を把握し、文書化し、必要に応じて管理する必要があります。
当業者はそもそも常に、法的にはフィクション上の存在でした。AI はそのフィクション性を解消することはできませんが、アップデートすることを私たちに強制することになるでしょう。「マトリックス」のネオの言葉を借りるなら、これからの当業者はすぐにこう言うことになるでしょう。「AI ツールをくれ。どっさりと。」
Sharaz Gill はシズベルのポートフォリオ管理責任者です。
この記事に記載された見解は執筆者のものであり、必ずしもシズベルの見解を反映するものではありません。本内容は情報提供のみを目的としており、法的助言として解釈されるべきではありません。


