バルセロナで交わされた議論 — Sisvel Connect 2026
主要 なライセンサーやライセンシーを含む250 人を超える知的財産分野のプロフェッショナルがSisvel Connect 2026 に参加。イベントの中心となったカンファレンスでは、今後の知財・ライセンス市場を考えるうえで示唆に富む議論が繰り広げられました
文責:Jacob Schindler、Joff Wild
今年度の Sisvel Connect は、9 月 15~17 日までバルセロナで開催されました。3 日間にわたり、建設的な特許権者会議をはじめ、充実した交流イベント、そして「The Global FRAND Market Today and Tomorrow」と題する示唆に富むカンファレンスが実施されました。カンファレンスではチャタムハウスルールが適用されました。
誰がどのような発言したかを明かすことはできませんが、カンファレンスで取り上げられたテーマの一部を共有することはできます。以下で、特に注目された論点をいくつか紹介します。
今回のイベントに参加し、 3 日間を特別なものにしてくてくださった 250 人を超える仲間、パートナー、関係者の皆様に心より感謝いたします。
標準化のトレンドは既存の標準必須特許のリーダーに追い風
参加者には、コネクティビティとメディアのさまざまな規格の現状について、包括的な概要が示されました。6G 開発プロセスは極めて重要な局面を迎えています。このカンファレンスと同時期にマドリードで開催された 3GPP 全体会合では、8 月にワーキンググループレベルで下された重要な決定を批准することが求められていました。2026 年に入ってから、6G 技術の全体像がより明らかにななりつつあります。現時点で、最大の差別化要因になると 考えられるのが、AI アプリケーションのサポートと、センシング機能の統合の強化です。一方、その基盤となるコネクティビティ技術が進化するなか、5G との重複がかなり維持されると思われます。これは一般的に、既存のセルラー標準必須特許(SEP)保有者にとって朗報といえるでしょう。
Wi-Fi についても状況は概ね同様です。実用化が近づく Wi-Fi 8 では、単純な通信速度よりも超高信頼性が優先されています。一方、大手プレーヤー数社は、AI とセンシングが大きな役割を果たす後継規格である 次世代規格、Wi-Fi 9 のビジョンを描いています。これは、コネクティビティを支える 二大標準規格群の間で、融合が進むトレンドを浮き彫りにしています。Wi-Fi 標準化への関心は急速な高まりを見せましたが、技術の進化がもっと緩やかなペースで進めば、既存の基幹ポートフォリオの保有者が最も恩恵を受けることが確実視されています。
映像分野では、最近の最も大きな進展のひとつが AV2 のリリースです。ここでの進捗の方向性を理解するには、真のオープン標準化団体の進捗を把握するよりも、かなりの調査・分析が求められます。Sisvel Tech の技術者たちは、この仕様の研究を 1 年以上続けてきました。AV2 も、その前身の規格と同様に、Alliance for Open Media コンソーシアムの外部で開発されたビデオコーディングの基盤的イノベーションの恩恵を受けています。今回共有された最も興味深い情報のひとつは、AV1/AV2 の開発者が、これらをまったく新しい技術として打ち出すのではなく、より広い視点から、数十年にわたるコーデック開発の歴史に AV1/AV2 がどう位置付けられるかという点を、ますます強く認識していることです。シズベルは AV1 プールを育成し、市場に対する仕様の啓蒙活動を行ってきました。その取り組みがこの中で一定の役割を果たしたことは間違いないでしょう。
ライセンスの透明性確保には実用的な制限が必要
「競合他社はいくら支払っているのか?」これは、ライセンシー側の交渉担当者が、経営陣にライセンス契約を提案する際に最初に尋ねられる可能性の高い質問です。しかし、そうした経営陣の多くは、合意の存在を市場に開示することにさえ抵抗しています。
パテントプールは市場の透明性を確保する重要な存在です。多くのプログラムで特許リスト、ロイヤリティ料率、詳細なライセンス条件が公開されています。また、多くの場合、ライセンシーについても、公開することについて同意を得られれば、その名称をすべて公表されています。これに対し、二社間ライセンス契約では、多くの場合、物事はかなり不透明です。
こうした緊張関係を緩和するための実践的な手段として、匿名化した数値の共有、調停、仲裁または裁判手続きを通したアドバイザーへの限定的な情報開示、そして通常であれば機密とされる情報の相互共有などがカンファレンスで挙げられました。
しかし、透明性の向上を求めることで取引の進行が阻まれ、ホールドアウトなる世界に迷い込んでしまうポイントが確実に到来します。特に、すでに提供済みの資料でオファーの信頼性を十分に確立する必要がある場合はなおさらです。双方が取引を進めるうえでの確信を得るのに十分な透明性の確保が、目標であるべきです。そ のためには、「公正、合理的、非差別的(FRAND)」条件であることについて、意味のある根拠をライセンサーが示す必要があります。同時に、ライセンシーも、正当な質問に対して既に十分な回答が示されている段階を見極める必要があります。
強力な権利行使が重要
ライセンス交渉に画一的な解決策はありません。交渉ごとに異なります。ただし、多くの契約が友好的に締結される一方、すべての交渉が訴訟の影を背負っているとも言えます。唯一の違いは、この脅威が投げかける影の濃さです。
多くの場合、太陽が輝き、交渉が着実なペースで順調に進む中では、影はかすかで、はるか遠くにある存在にすぎません。しかし、夜があっという間に近づいてくるときもあります。意見の不一致が深刻で、双方の隔たりが大きく、何年にもわたって解決策が見えないまま同じ問題が論じられることになります。
市場全体では、特許は排他的権利であるという認識が共有されています。その権利を行使するための実行可能な手段がなければ、特定の発明の利用者がその権利行使の許可を求めるメリットはありません。それは、ビジネスにおける極めてシンプルな原則です。
だからこそ、強力な権利行使が大きな関心を引く問題となっています。これはカンファレンスのいくつかのセッションで取り上げられたテーマでした。ライセンサーにとって重要なのは、現実味のある権利行使の可能性を示すことです。多くの場合、それには差止による救済を受けられる可能性も含まれます。一方、ライセンシーは比例性の原則を重視し、多くの場合、侵害に対する金銭的な補 償で十分だと主張します。
新たな訴訟の場も出現しています。ブラジル、インド、およびアフリカの一部の国についての言及もありましたが、最も重要なのはドイツと統一特許裁判所(UPC)の 2 つであるということで、意見が一致しています。スピード、コスト、救済策のどの点から見ても、取引締結に至る強力な誘因を生み出しているのが、これらの裁判地です。
AI ツールを導入する前に確認したい 5 つの質問
知的財産チームにAI を活用した製品・サービスの提案が次々と持ち込まれています。あるパネルでは、これらのツールを退けてはならないというメッセージが提示されました。ツールの多くはすでに価値あるタスクを実行しており、その能力は急速に向上している、とのことです。しかし、健全な懐疑心を持つことが極めて重要です。AI ツールを導入する前に尋ねるべき価値のある 5 つの質問を、以下に挙げます。
「そのアウトプットは何を根拠としているのか?私たちはそれを検証できるか?」
出力は、人間の専門家が点検できるソースにリンクされている必要があります。パネルでは、ハルシネーションの例が挙げられました。例えば、架空のクレーム要素、存在したことのない製品への参照、複数の製品の組み合わせからできている単一の架空のシステム、などです。
「この製品は厳密な分析をもたらすのか?それとも大量の”もっともらしい”分析なのか?」
参加者が聞いたところによると、大量の、もっともらしく見える分析結果を生成することと、弁護士のレベルに近い仕事を提供することとの間には、依然として大きなギャップがあります。一見印象的に見える洞察が、専門家による綿密な調査では技術的または法的に基準を満たしていないと判明することがよくあります。
「私たちが入力および出力する情報はどう扱われるのか?」
弁護士や知財専門家にとって、機密性と特権は基本です。購入者は、製品に入力された情報が保護された状態のままでいるかどうか、また、契約上または技術上どのようなセーフガードが適用されるかを理解している必要があります。さらに、生成されたアウトプットの所有者は誰か、特権が適用されるかどうかは、アウトプットまたは成果物についての重要な考慮事項の中に含まれます。
「プロバイダは実際の作業を理解しているのか?」
最強のAIプロバイダは、機械学習に関する専門知識と、知財分野に対する深い理解を兼ね備えている可能性が高く、実践的な経験を積んでいることが望ましいと考えられます。現実のライセンスに関する専門知識は、強力な AI モデルや洗練されたユーザーインターフェイスよりも希少な資産です。ツールを評価する際には、その点に留意する必要があります。
「導入後はどのようにモニタリングするのか?」
「いったん設定したらあとは全自動」のソリューションとはまったく違います。チームは、導入する AI ツールを継続的に注意深く監視し、外部プロバイダと連絡を取り合ってエラーに対処し、製品開発を定期的にチェックする必要があります。
AI ツールで情報を処理し、人間のチームでは対応不可能なスピードと規模でルーチン分析を実行することは、すでに可能となっていますが、検証や、最も重要な点として、判断を行う責任は、依然として人間が担っています。AI の導入で成功を収めるのは、これらのツールが優れた能力を発揮する領域と、致命的な間違いを犯す可能性が残る領域の両方を正しく理解している組織です。
すべての基盤
Sisvel Connect を通じて一貫して用いられていた言葉が、ありました。それは「Trust 信頼」です。この言葉は、カンファレンスのセッション中、会議中、そして社交イベントでも、何度も繰り返されました。
確かに、AI はすでに普及していて、大きく進化しており、将来的にはさらに大きな影響を与えるでしょう。しかし、すべての特許取引を突き詰めると、特許取引の本質を突き詰めていけば、そこにあるのは、知識と経験を備えた人間同士が向き合い、最終的に互いに合意して契約書に署名できる地点までたどり着くことです。 そ相手を信頼できるかどうか――つまり、相手が真実を伝えている、適切なデータや情報を提示している、今日と言っていることと明日言うことが変わらない、と確信できるかどうか。こうした信頼があれば、交渉は、そうでない場合に比べてはるかに成功する可能性が高くなります。
信頼は、当事者や関係者が意見の違いを乗り越えられず、最終的に法廷で対峙することになったとしても、なお存在し得ます。信頼を築くことは一つのスキルであり、それを維持することは不可欠です。そして、失うことは大きな損失につながります。正直に向き合わないことで、短期的には得られるものがあるかもしれません。しかし長期的に見れば、持続可能なライセンスビジネスを支えるような関係やネットワークを築くことは難しくなります。 信頼は、特許取引の世界が円滑に回るための潤滑油です。この点を理解しなければ、自分自身にとっても、ビジネスにとっても、決してプラスにはなりません。
私たちはバルセロナで、知財エコシステム全体から集まった優秀なシニアプロフェッショナルのグループと一緒に特別な 3 日間を過ごすことができました。私たちの目標は、参加者の皆さまが安心して、率直に対話できる場をつくることでした。そして、その目的はおおむね達成できたと思います。しかし、私たちにはさらにできることがあります。再びバルセロナで、2027 年 9 月 28~30 日に、2027 年度のイベントを開催します。
それまでの間、今回参加いただいた皆様に感謝いたします。皆さまは本当に素晴らしかったです。来年、またここでお会いしましょう。招待状のチェックをお忘れなく …
