新 CTO が描く、技術的変化の波を見据えたシズベルの未来戦略
Giovanni Ballocca が研究開発部門での長年にわたる多様なキャリアを活かし、新たな技術分野におけるビジネス機会の創出を牽引
2026 年 3 月、シズベルは Giovanni Ballocca を新たな最高技術責任者(CTO)に任命しました。国際的に高い評価を受ける技術者である Ballocca は、シズベルが技術環境の大きな変化に直面する中、およそ 10 年ぶりの新たな CTO として就任しました。
トリノ出身の Ballocca は、2008 年、Sisvel Technology 設立直後に入社し、近年ではコーデック関連技術の開発を主導していました。それ以前は長年にわたり、放送、マルチメディア、通信が交わる分野で技術開発に携わり、数々の開発チームを率いてきました。シズベル社内はもちろん、パートナーやクライアントの間からも、専門分野における深い知見と、新たな分野を即座に習得する柔軟性を兼ね備えた技術者として高く評価されています。こうした豊富な経験は、シズベルが注力する技術分野を理解し、技術環境の変化がビジネスにもたらす影響を見極めるうえで理想的ともいえる強みとなっています。
Sisvel Insights は先日、Ballocca にインタビューを行い、研究者としての歩み、シズベルの VP9 と AV1 のライセンスプログラム立ち上げを主導した経験、および CTO としての今後の優先課題について、詳しく話を聞きました。
技術者としての経歴と、シズベルにつながる技術分野に携わるようになった経緯を教えてください。
私の専門は素粒子物理学です。修士課程では、イタリアの国立核物理研究所で研究に携わり、論文作成のためにハンブルクで 1 年以上実験を行いました。
また、私は計算科学にも強い関心をもっていました。私の学術的キャリアはすべて、実験物理学において大きな役割を果たす、計算手法、シミュレーション、データ分析の研究に関するものでした。
修了後はソフトウェア開発者としてキャリアをスタートし、その後、研究開発センターに移りました。そこで、高性能コンピューティングや分散コンピューティング、仮想ソフトウェアなど、さまざまな分野で仕事をする機会を得ました。やがてデジタルマルチメディアに関わるようになり、それが後にシズベルと出会うきっかけになりました。
シズベルとの接点はどのように生まれたのでしょうか?
当時私は、トリノ大学とトリノ工科大学と地方政府が共同で設立・運営する、CSP という研究開発センターで働いていました。2000 年代初頭は、デジタル放送への移行が始まった時期で、CSP に所属する私たちは、地方行政の代表としてそのプロセスに関わっていました。
その仕事を通じて、私は CSP、Telecom Italia、Sun Microsystems の共同プロジェクトである DTV Lab を率いることになりました。私たちの目的は、デジタルテレビのプラットフォーム上でインタラクティブサービスを開発する可能性を実験し、実証することでした。そのため、オーディオ・ビデオ符号化技術からネットワーク技術、さらにはインタラクティブアプリケーションまで、幅広い分野に取り組んでいました。
当時欧州で実装されていたデジタル放送規格である DVB の領域に、私が初めて関わったのが、このときでした。また、私たちはインタラクティブサービスへの取り組みと並行して、モバイルネットワーク経由でのテレビ配信の実験も行っていました。DVB-H と呼ばれる技術の開発がこの目的のために進められており、私たちは、Wind というイタリアの携帯電話会社のために、この技術の試験を実施していました。
こうした取り組みを通じて、シズベルと出会いました。当時、シズベルは DVB-H に関連するライセンスプログラムの立ち上げを進めており、私たちのチームはこの規格に関連する知的財産を評価し、この規格を取り巻く状況を分析する役割を担いました。Sisvel Tech が設立されたのはこのわずか 1 年前で、私はこのプロジェクトで、当時の社長だった Paulo D’Amato 氏と緊密に連携しながらこのプロジェクトに取り組みました。その 1 年後の 2009 年、私はシズベルに入社することを決断し、それ以来同社で仕事を続けています。
それまでの研究開発のキャリアの中で、特許はどの程度関わっていたのでしょうか?
実はそれほど多くはありませんでした。私たちが研究開発の成果として特許を出願したのは一度だけで、インタラクティブアプリケーションを起動するためにビデオコーディングに埋め込まれた透かしを使う方法に関するものでした。
当時、DVB-H 規格に精通した研究者は少なく、それがパテントプール創設のための予備的な技術分析を行っていたシズベルとの協力につながるきっかけとなり ました。この経験を通じて、ライセンスプログラムがどのように立ち上げられるのかを間近で目にすることができましたし、技術をライセンスという形で市場に展開していくビジネスモデルにも大きな魅力を感じました。その結果、ほどなくして Sisvel Tech チームに加わることを決めました。
DVB-H プロジェクトは、その後どうなったのでしょうか?
残念ながら、DVB-H 規格も、それと競合する独自技術も、市場への普及には至りませんでした。やがて、動画は、専用のモバイル放送網を構築しなくても、OTT ネットワーク経由か HTTP を使用したオンラインで簡単に配信できることが明らかになりました。専用のモバイルネットワークの構築には通信事業者による多大な投資が不可欠だったため、ビジネスとして成立しにくかったのです。これらの後継技術についてはまだ協議と開発の途中ですが、ほぼ同じ理由で、軌道には乗っていないようです。技術的には非常に興味深いのですが、持続可能なビジネスモデルが存在しないのです。
こうしたことは、開発される多くの技術に共通する物語です。だからこそ、自社の発明が広く普及し、新しい市場とエコシステムを生み出したときには、その発明者が適切な対価を得られることが重要なのです。
入社した当時の Sisvel Tech はどのような組織でしたか? また、時間を経てどのように発展してきたのでしょうか?
当時の Sisvel Tech は、シズベルグループ内で社内の技術や発 明の開発に専念する、小規模な研究開発グループでした。私にとっては、公的な研究センターから民間企業の研究開発組織への移動は大きな転機でもありました。新しい役割の重要な仕事の 1 つが、外部との共同研究体制を築くことでした。当時、トリノではさまざまなグループがデジタルマルチメディアに取り組んでいましたが、その中で最大規模だったのが RAI 研究センターです。私はシズベルに入社してまもなく、同センターとパートナーシップを構築し、8 人の研究者から成る共同チームを立ち上げました。
その当時は 3D テレビが次世代の目玉ともてはやされており、私たちの研究開発の取り組みにおいても主にこれに重点が置かれていました。私たちはこの分野での実験と技術開発を開始し、最終的には「タイルフォーマット」と名付けた、既存システムとの後方互換性のある独自の 3D テレビフォーマットを開発しました。
この技術を市場に受け入れてもらうためには H.264 や HEVC などの国際標準規格に採用されることが不可欠だと考え、MPEG、DVB、ITU など、映像標準化に関わるさまざまな団体で活動を始めました。この試みは、その後の 5、6 年間私たちの仕事のほぼすべてとなり、その間、私たちは技術デモを行ったり標準化会議に参加したりする日々が続きました。
2015 年頃に起きた MPEG オーディオライセンスプログラムの縮小は、ライセンス運用のサポートにより重点を置くようになっていた Sisvel Tech にとって重要な転機でした。私はレコメンデーションエンジン専用のライセンスプログラムに取り組み、その経験を通じて、非 SEP ライセンスについても多くの知見を得ることができま した。その後、私は担当分野を VP9 と AV1 に移していきました。
VP9 と AV1 はシズベルにとって非常に成功したプログラムです。これらにおける自身の役割について教えてください。
私はこれらのプログラムの立ち上げに深く関わりました。技術的な協議はもちろん、最終的に RPX との取引につながった主要な業界プレーヤーとの交渉に加え、RPX との取引自体にも関与しました。
私の重要な役割の 1 つは、プログラムの対象範囲と運用方針について、すべての特許権者が技術的な理解を共有できるよう調整することでした。VP9 と AV1 のプログラムは、一般的なパテントプールとは大きく異なっていました。というのも、これらの仕様は閉鎖的なコンソーシアムによって策定されており、多くの特許権者には、その仕様がほとんど知られていませんでした。そのため、シズベルは多くの特許権者に対して数多くの技術的な分析や支援を提供する必要がありました。
Sisvel Tech チームがこれほど深くライセンスプログラムの運営そのものに関わったのは初めてであり、私にとっても非常に刺激的で貴重な経験でした。
これは、それまでの研究開発のキャリアや、シズベル入社当時の仕事とは大きく異なる経験だったのではないでしょうか?
まさにその通りです。テクノロジー業界の大手企業と交渉のテーブルをはさみ、非常に有能で、ときには非常に攻撃的な技術的専門家たちと議論を重ねることは、まったく新たな経験でした。大きな挑戦でしたが、非常に興味深くもありました。もちろん、何千件ものクレームチャートを読みこむなど、地道な作業も多々ありましたが、取引を成立させるために実際に仕事を進めていると、すべてのハードワークが報われるのをやがて目にすることができます。
ソフトウェアの専門家として、「VP9 と AV1 はロイヤリティフリーである」として特許を忌避するビッグテックのリーダー各社を説得するために、どのような戦略を取りましたか?
私はそのことを常に考えていました。振り返ってみると、私が最も貢献できたのは、その認識を変えるのを助けたことだと思います。私たちが一貫して伝えてきたのは、VP9 と AV1 は 30 年以上にわたって開発されてきた共通アーキテクチャの延長線上にある技術にすぎないということでした。当初、この意見には多くの抵抗がありました。
その認識を変えるには何年にもわたる対話が必要でした。中には非常に厳しい議論もありましたが、最終的には、多くの企業を説得し、技術的な観点から私たちの考え方を理解してもらい、ライセンスの取得に導くことができました。
AV2 の立ち上げが近い今、AOM の関係者によるプレゼンテーションをいくつかフォローしてきましたが、エンジニアや幹部から、「過去 35 年間、このフレームワークはほとんど変わっていない」といった発言を耳にす ることがあります。これは大きな変化で、長年にわたりこの分野のトップの専門家たちと協議をかさねながら、私たちがその考え方を粘り強く説明してきた成果だと感じています。
今年の初め、シズベルの CTO に任命されました。この役職ではどのような役割を担い、今後 1 年ほどで何を優先して取り組んでいく予定ですか?
まず第一に、Sisvel Tech をもう一度研究開発を重視する組織へと原点回帰させたいと考えています。そのためには、大学や研究機関との行動研究やパートナーシップが重要となるでしょう。今後積極的に関与していく技術分野や、誰と協力していくのかを選択しなければなりません。そのプロセスをリードすることが、私の重要な役割になります。
重点分野の一部は、現在順調に展開しているライセンスプログラムの延長線上にあります。例えば、Wi-Fi 規格を策定する IEEE への関与を、これまで以上に強めていくよう努めるべきでしょう。Wi-Fi マルチモードプログラムの発展が続く中、次世代 Wi-Fi 規格がどのような方向へ進んでいくのかをその初期段階から知る必要があります。同様に、デジタルマルチメディアにも引き続き積極的に取り組んでいきたいと考えています。この分野はシズベルが長年強みを築いてきた領域であり、既存の技術力を発揮できる分野です。
一方で、現在の技術的な重点分野以外で生じるであろう機会も別途存在します。ライセンスプログラムにとっての好機があると感じられるなら、その技術を研究し、必要に応じて適切な技術専門家を招聘してこれらの分野をリードできればと考えています。
AI にも多くの時間を費やしているのではないでしょうか?
もちろんです。第 2 の優先グループが AI です。私はシズベルの同僚と緊密に連携して、AI に関連するライセンスプログラムの創設を進め、またその一方で、AI ツールが私たちの仕事のやり方、特に Sisvel Tech 内にどのような影響を与えるかを把握することにも取り組んでいます。
これまで Sisvel Tech では、特許を精査し、それがパテントプールに含まれるべきかどうかを技術的に判断してきました。今後は、そのプロセスの多くが AI への指示と、その結果を専門家が検証・評価する形へと変わっていくでしょう。ただし、私たちは AI を全面的に信用しているわけではありません。AI システムはまだそれほど安定した技術とは言えませんし、また、同僚や顧客、事業開発チーム、ライセンスチームと AI のアウトプットを共有する際には、人による多くの解釈と補足説明が必要になると考えられます。そのため、AI を実務の中でどのように活用していくかについて社内全体で共通理解を深めることも、重要なテーマの 1 つになっています。
このような大きな変化の中、中期的にシズベルやパテントプールモデルの発展を、あなたはどのように見ていますか?
それは、私が重点を置いている 3 つ目の主要分野に関連しています。技術全体の大きな潮流を見 極め、事業の多角化も含めて、シズベルのビジネスを将来にわたって持続可能なものにしていくことです。
その可能性の 1 つが、非 SEP です。以前、私が関わったレコメンデーションエンジンは非常に困難で複雑な試みでしたが、多くの貴重な知見を得ることができました。
また、プール以外のイノベーションを推進する新しいビジネスモデルや新しい方法についても常に模索しています。そうした可能性についても、今後の技術市場がどこに向かっているかを考慮して検討する必要があります。
研究開発の面では、今後どのような共同研究を行う予定ですか? また、大学や研究機関との提携において、シズベルはどのような価値を提示しますか?
私たちは現在、再生可能エネルギーやそれに付随するあらゆる技術に取り組んでいるトリノ工科大学の学部との協力体制を確立しています。この分野では、ライセンスソリューションに対する大きな関心が業界から寄せられていて、企業とのネットワークを持つことは、私たちが共同研究において提示できる重要なメリットの 1 つであると考えています。
シズベルの強みは、現場で技術開発を進めている企業との関係を築き、市場機会とは何かを理解している点にあります。もし市場との接点を持たず、抽象的に技術だけを評価してしまえば、DVB-H のような結果になりかねません。どれほど注目を集める技術であっても、その技術の開発と実装を進めている人たちと対話し、協業することが必要です。なぜなら、そうした人たちの意見からでしか、特定の技術を支える持続可能なビジネスモデルが存在するかどうかは見えてこないからです。
最後になりますが…
いつも週末はどのように過ごしていますか?
季節によって、登山やスキー、ハイキングなど、山関連のスポーツを楽しんでいます。
トリノで 1 日自由に過ごせるとしたら、お勧めの見どころや食べ物、アクティビティはありますか?
エジプト博物館、モーレ・アントネリアーナ、ムラッサーノでいただく食前酒とトラメッツィーノ、ポー通りの散策。
休暇中によく行く場所はありますか?
私たち(これは家族のこと)は旅行が大好きで、妥協点を見つけるのは難しいのですが、最近は北ヨーロッパだけでなくアフリカにも行きます。
これまでで最も印象に残っているライブパフォーマンスは何ですか?
パラスポルト(トリノ)でのマイルス・デイヴィス、(トリノ)スカラ座フィルハーモニー管弦楽団でベートーヴェンを指揮したリッカルド・ムーティ、パラスポルト(トリノ)でのザ・キュアー、エルパソ(トリノ)でのマノ・ネグラ、アスカタスナ(トリノ)でのローレル・エイトケン(スカのゴッドファーザー)
好きなテレビドラマは何ですか?
テレビドラマはあまり好きではありません。ただし 1 つだけ例外があり、それが「アドレセンス」です(これはテレビドラマではなく 4 部構成のリミテッドシリーズ)。
これまでに受けた最高の仕事上のアドバイスは何ですか?
実際のアドバイスではなく、多くの優れた批判です。特に信頼す る人からの批判からは、多くのことを学べます。



