シズベルの特許ポートフォリオ管理革命の舞台裏
このたび、シズベルの特許保有とビジネス目標との完全な整合を目指すとともに、買収機会のさらなる特定を推進する任務に、Sharaz Gill が任命されました。このミッションにおいては AI の活用が重要なカギを握ると思われます。
シズベルは現時点で膨大な数のパテントファミリー保有しているわけではありません。しかし、現行のパテントプールや、これから開発される可能性のあるパテントプールに付加価値を与えるうえで、これらのファミリーは重要な役割を果たしています。こうした中、当社のポートフォリオを事業戦略と完全に一致させ、さらにその強化につながる機会を見出すことを目的とし、Sharaz Gill がポートフォリオ管理責任者に任命されました。
Gill はこれまで、エンジニア、発明者、審査官、訴訟担当者、ライセンサー、実施企業、プール管理者などの立場を経験し、さらに直近では分析起業家として活躍するなど、特許分野のあらゆる職務に従事してきました。そのキャリアは、欧州特許庁だけでなく、Qualcomm、HTC、Via LA を始め、直近では 2023 年に共同設立した AI 主導の分析会社 IP Mind に勤務するなど、多岐にわたります。
Sisvel Insights のインタビューにおいて Gill は、自身の新しい役割、これまでの経歴を踏まえた特許市場に対する考え方、そして「AI の扱い方がわかって始めて AI が重要なゲームチェンジャーになる」理由などについて語っています。
2025 年の WIPO の会議で講演する Sharaz Gill
今回、シズベルのポートフォリオ管理責任者に任命されました。この役職は新設されたとのことですが、今後どのように進めていく予定ですか?
私はこれまでのキャリアを通じて、発明、権利化、ライセンス、訴訟など、特許ライフサイクルのあらゆる段階に携わってきました。そうした中でさまざまな問題を見てきましたが、共通の問題として、多くの場合これらの部門の間に整合性が欠けているという点が、まず 1 つ挙げられます。
シズベルではこの問題に正面から取り組んでおり、より構造化された戦略的な方法でポートフォリオを構築することで、プールやプログラムの長期的な成長を支えようとしています。
私の役割は、現在のポートフォリオを詳細に評価して強みと弱みを特定したうえで、明確な成長戦略を定めることです。具体的には、社内での有機的な強化に加え、アグリゲータとしてのシズベルの地位をさらに強化するための戦略的な特許取得を進めていきます。
その鍵となるのが、どのように AI を活用したら真に価値を付加できるのか、どのように AI を導入するのが最善か、社内で開発すべきか外部ツールを利用すべきか、といった判断です。
私がシズベルに惹かれたのは、経営レベルで明確なビジョンが あり、その実行方法に関して組織全体でしっかりと合意が形成されている点です。
権利化、訴訟、ライセンスといった分野で非常にハイレベルな経歴ですが、今回の新しい役割に取り組むにあたって、これらの幅広い経験がどう活かされると思われますか?
この点は、私のポートフォリオ管理に対するアプローチの中核をなしています。多くの組織では依然として、各機能が分断された状態で運営が行われていますが、実際にはポートフォリオの価値は最終的にこの 3 つの分野のすべてで試されるのです。
それぞれの分野で、私は管理職の立場で仕事に携わってきました。具体的には、特許の権利化を手掛け、ライセンスプログラムを主導し、大規模な訴訟にも直接関与してきました。HTC 在職時はスマートフォン戦争の真っ只中でした。相手は自社よりも競争力のある会社だったので、どんなときでも入念に戦略を立てて実行する必要がありました。おかげで、実際のプレッシャーの中でポートフォリオがどのように力を発揮するのかを、身を持って理解することができました。
つまり、さまざまな標準必須特許(SEP)訴訟について、社内の大半の専門従事者よりも実地で経験できたのです。これにより、特許が法廷で審査されるときの最終的な重要ポイントが明確にわかるようになりました。
ポートフォリオには、分野ごとにさまざまな要求が課されます。「訴訟」では、クレームの強固さが求められ、「ライセンス」では、規格や製品との明確な関連性が重要になります。そして「権利化」では、技術や市場の進化を見据えた設計が不可欠です。
私がこの役割にもたらす価値は、これらの視点を統合できる点にあります。目指すのは、技術的に優れているだけでなく、ライセンス供与においても効果を発揮し、訴訟の精査にも持ちこたえ、持続的な商業的価値を生み出せるようなポートフォリオの実現です。
それらを実現するためには、業務のどういう部分で連携が必要になると思われますか?
まず、ポートフォリオ管理部門が創設される前に資産管理を担っていた Sisvel Tech とは、極めて緊密に連携を取っています。素晴らしいことに、シズベルの社内エンジニアは非常に優秀です。AI ツールですらその価値を代替することはできません。私の役割の 1 つは、膨大な量のデータを取り込み、可能な限りノイズを除去し、Sisvel Tech チームが、最も影響力を及ぼせるところにリソースを割けるようにすることです。
また、私はシズベルの最高法務責任者である Steve Jedlinski が統括する法務部門に所属しています。このチームは経営陣が掲げるビジネス目標と極めて密接に結び付いています。当然ながら、私は戦略的買収を担う新しいビジネスチームとも緊密に連携しています。
大手の SEP 権利者側と実施企業側の双方で業務に携わってきたとのことですが 、パテントプール管理企業での役割に関心を持ったきっかけは何ですか?
業界内で立場を超えた人材の行き来がもっと活発であってよいと、私は思います。現在の議論はややイデオロギー的、あるいは「部族的」と言う人もいる状況で、同じ会議に出席しても、双方かみ合わないまま議論していることが少なくありません。私の場合、Qualcomm にも HTC にもいたことがあるので、どちらの主張にも共感できる部分があります。ホールドアウトをしている企業に賛同はしませんが、HTC 在籍時には、適切な権利者に正当な対価を支払う意思があったものの、誰が特許を保有しているのかわからないという現実がありました。
この透明性の問題は、私にとって長年にわたる全般的な課題であり、私のその後のキャリアに大きな影響を与えました。私が共同設立した IP Mind では、AI で必須性をチェックする事業を展開していたのですが、そこで私はついに透明性の問題を解決する可能性を見い出しました。しかし同時に、それはテクノロジーだけで解決できる問題ではないことも明らかになりました。そこで、パテントプールの役割に大きな可能性があるのではないかと思い至ったのです。
IP Mind からの転身を決めた理由について教えてください。
1980 年代、私は工学系の学生でしたが、その当時から AI に注目していました。長年、AI は素晴らしい可能性を秘めていましたが、その実現にはなかなか至りませんでした。しかし、2022 年 11 月に大規模言語モデルが一気に普及したことで状況は一変しました。AI の利用がたちまち普及し、専門家は、比較的少ないリソースで、開発者に依存することなく、特定の問題を解決するソリューションを開発できるようになりました。
こうした背景のもと、私は Deepal Naidu 氏と Oliver Schulte 氏の 2 人の共同創設者と一緒に IP Mind を立ち上げ、実際にこれらの新技術を「必須性」評価の問題に応用しました。私の役割は主に戦略面で、SEP のエキスパートとしての視点でツールを構築し、実務者が抱える日々の問題を解消できるようになることが期待されました。
SEP の識別、分析、評価を自動化するアーキテクチャやクレームチャート作成ワークフローを開発した最初の 1 年間は、非常に大変でした。私たちには、品質を最優先とし、アウトプットの検証やモデルの改善を重ね、最終的にはパイロットプロジェクトとして業界に展開するなど、仕事は膨大でした。
その結果、製品は無事市場に投入され、同社は現在商用段階に入り、販売規模の拡大を図っています。段階としては、戦略的基盤が整い、商業的規模の拡大へと焦点がシフトしている状況です。そうした中、私の役割は当初ほど必要ではなくなり、新たな挑戦に踏み出すきっかけが自然なタイミングで訪れたのです。
では、なぜシズベルなのですか?
私は長年パテントプールの世界を見てきましたし、Via Licensing での経験もありました。シズベルの際立った特徴は、ディールメイキングにおける非常に冒険的で革新的なアプローチです。同時に、現実主義的でもあり、双方の意見に耳を傾ける柔軟性も備えています。業界的にも、プール事業的にも、これは非常に珍しいことです。率直に言って、SEP 市 場の分断を解消する方法はこうした姿勢以外、他に考えられません。その点で、シズベルは時代とともに進化しながら実際にその課題解決に取り組んでいる数少ない企業の 1 つです。
企業内での経験に加え、知的財産部門向け AI ツールの開発・販売にも関わってきたとのことですが、知的財産部門は AI ソリューションをどのように評価すべきでしょうか?
現在のところ、SEP 分野のプロバイダの中で、実際の SEP 業務に必要な品質や信頼性を備えたソリューションを提供しているプロバイダは限られているため、慎重な姿勢が必要です。特に重要なのは、ツールの透明性です。どのような根拠に基づいたシステムなのか、理解する必要があります。どれほど優れた AI 製品でも幻覚(ハルシネーション)や間違いを完全には避けられないため、アウトプットをチェックできる高度なスキルを有する人材が必要です。
さらに重要なのは、継続的な改善プロセスに取り組む意思です。AI は反復的なチューニングによって性能を高めていくことに強みがあります。このため、経営層に対しても、AI ツールで突然奇跡を起こせるわけではないことを、最初から明確に伝えておく必要があるということでもあります。また、AI は専門家が監督する中で管理業務を段階的に引き継ぐハイブリッド展開において最も効果を発揮します。シズベルでもまさにこのアプローチを採用しています。
先日ジュネーブで開かれた WIPO の会議で、業界では本当に「透明性」が求められているのかと疑問を呈していましたが、その真意を教えてください
私はテクノロジー業界の数多くの大手企業に、IP Mind の必須性ツールを紹介してきました。このツールは、どの特許が規格に必須であり、それをだれが保有しているのか、クレーム単位で証拠に基づいて可視化するものです。しかし実際には、提案先の相手から不安感が伝わってくることがよくありました。つまり、「もし提示された結果が自社の主張と一致しなかった場合、それは問題になる」ということです。
ライセンサーもライセンシーも同様に、企業は自らの立場を裏付ける範囲でのみ透明性を求め、そうでなければそれは不要なのです。しかし、私としては、求められているか否かに関わらず、透明性の重要性は高まりつつあると考えています。そしてそれを受け入れ、そのメリットを活かす企業には、大きなチャンスが巡ってくるでしょう。交渉範囲が絞られ、FRAND 判定の信頼性が高まり、中小企業にとってはより公平な競争環境が実現されます。
AI ツールの導入や応用に関して、SEP 権利者および実施企業の進捗をどのように評価しますか?
まだ極めて初期の段階であると言えます。中には非常に遅れている大企業もいくつかあります。全体的な技術力を考えれば、知的財産部門内で AI が採用されていないという事実は驚きかもしれません。
多くの企業では、形式的なプロセスとしてまず、AI の責任者を置く段階には進んでいますが、必ずしも適切な人材配置がなされているとは限りません。例えば、AI は専門だけれど知的財産分野は詳しくないとか、知的財産に関するバックグラウンドはあるものの AI については不慣れな担当者が主導しているといったケースです。また、すべてを社内で構築しようとして行き詰まる企業もあります。この分野はもともと起業家的な性質を持っており、組織内の通常の体制だけで革新的なツールを構築させようとしても、あまり成果は得られないかもしれません。
つまり、多くの組織は AI について議論する段階にとどまっており、実務への本格的な導入には至っていないと私は考えています。それでも、中には知的財産チームが小規模ではあっても素晴らしい成果を上げているところもあります。今後より多くの企業がこの技術を実践的に使いこなせるようになるのは、時間の問題でしょう。
一問一答:
いつも週末はどのように過ごしていますか?
幼い息子 Dashiel と一緒に本を読みます。最近、上手くはないですが字を書けるようになりました。家族との時間と知的追求のバランスを保つように努めています。
バルセロナで 1 日自由に過ごせるとしたら、お勧めの見どころやアクティビティ、食べ物はありますか?
アシャンプラ川を渡ってグラシア方面へぶらぶら歩き、自然に囲まれたガウディの建築物を見物したら、のんびりランチ、といったところでしょうか。ここに来てほんの数ヵ月ですが、バルセロナはのんびり過ごしたい人にぴった りだということがすぐにわかりました。
休暇中によく行く場所はありますか?
迷いなくイタリアです。歴史、文化、日常生活が融合している場所だからです。
これまでで最も印象に残っているライブパフォーマンスは何ですか?
2019 年に Hammersmith Apollo で Joss Stone と共演した、Burt Bacharach のパフォーマンスです。娘の Tara と一緒に行きました。舞台に現れたときは弱々しい印象だったのですが、ピアノの前に座った瞬間空間が明るくなり、長い時間、私たちは魅了されてしまいました。素晴らしい夜でした。
好きなテレビドラマは何ですか?
挙げるなら BBC 制作の「Wolf Hall」です。Mark Rylance がトマス・クロムウェルを演じたのですが、素晴らしい演技でした。80 年代の米国の TV コメディシリーズ「Cheers」もずっと好きでした。これまでに作られたコメディ作品の中でも指折りの、素晴らしい作品と言えます。
これまでに受けた最高の仕事上のアドバイスは何ですか?
「They are only patents – nobody dies!(これはただの特許で、誰かが死ぬわけではない!)」です。重要な紛争でも、物事を正しく捉えて、決して個人的感情に陥らないよう、自分を戒める言葉となっています。



