シズベルはいかにしてテレビのイノベーションを 40 年間支え続けてきたか

カテゴリ
デジタル動画および放送
日付
2026年6月03日

室内アンテナから Wi-Fi へ ― 家庭でテレビを楽しめるようにする技術はシズベルの歴史の要

文責:Patrizia La Rosa

8 歳のときに祖母がくれたテレビが、初めて私が所有したテレビでした。小さな白黒テレビでしたが、間違いなく「自分だけのテレビ」でした。そのときの感動は今でも鮮明に覚えています。誰の許可も得ることなく、自分の見たい番組を自分で選べるという、初めての自由を手にした瞬間でした。

しかし、このささやかな自由をわがものとするには、忍耐が必要でした。周波数を探すための小さなチューニングつまみ(選局ダイヤル)と格闘して、ようやくチャンネルが映し出されるのです。ダイヤルを回し、微調整し、また少し戻す ―

そして、細くて気難しいアンテナは、信じられないほど不安定でした。どんな方向でもほんの 1 ミリも動けば、鮮明な画像が「砂嵐」に変わってしまうのです。これという正しい位置を見つけたら、ほとんど息を止めてじっと動かず立っていたのを覚えています。その瞬間、他のものは何もかも世界から消えテレビの世界に引き込まれました。しかし、誰かがドタドタと部屋を横切っただけで、その魔法は簡単に解けてしまうのでした。

TV

筆者の最初のテレビセット

メインアンテナを直すために屋根に登らなければならなかった父と比べれば、私はまだ幸運でした。私の戦いはすべて部屋の中で完結していたのですから。それは、父の世代が体験してきたテレビの環境とはまるで違っていました。

父はよく、1950 年代当時のテレビは物体であると同時に一大イベントであったと、話してくれました。テレビを所持する家庭が少なかった時代、その隣人の家には人々が集まり、静まり返った部屋で画面の光に照らされながら、互いに身を寄せ合ってテレビを観たといいます。当時のテレビは薄くも慎み深くもなく、物体として存在感があり、どこにあっても舞台の中央を占めていました。その内部にはブラウン管があり、まるで命を吹き込まれたかのように、湾曲した画面の向こうでゆっくりと目を覚ますのです。

わずか数十年で、近隣地域で 1 台のテレビを共有していた時代から、どの部屋にもテレビやモニターがある時代へと、そして今では、誰もがポケットに画面を入れて持ち歩く時代へと移り変わりました。かつては共有されていた体験が、今では個人的な体験へと変化しました。それは、デバイスをどこへでも持ち歩き、瞬時に起動し、自分のペースに合わせて楽しめるように姿を変えたからです。もはや単一の「テレビ」はもう存在しません。代わりに、無数の窓が世界へと開かれ、いつでも手に届くところにあるのです。

この着実な進歩は、さまざまな分野における幅広い技術的ブレークスルーによって実現されてきました。そして、1982 年の創業以来、シズベルの歴史においてテレビほど中心的な役割を果たしてきた技術プラットフォームはほかにありません。何しろ、創業者である Roberto Dini にとって、すべてはテレビから始まったのですから。

発明家たち

1970 年代、テレビの普及率は低いものでした。イタリアをはじめとする各国の地方や、農村部の家庭で鮮明な映像を見るには一苦労でした。一部の視聴者は個人用のテレビブースターやリピーターを設置し、受信状況の改善を試みていました。しかし、これらの安価な装置では、信号を確実に増幅することはできませんでした。実際には、テレビ信号の振幅を圧縮してしまい、結果として、新たな映像の歪みを発生させていました。

この課題を解決したのが、1976 年に出願されたイタリアの特許です。発明者として名を連ねたのは、イタリアのテレビメーカーである Indesit のエンジニア、Roberto Dini でした。歪みを検出して補正信号を生成する信号処理回路が、彼の編み出した解決策でした。この技術は、Dini を発明者または共同発明者とする 30 件を超えるパテントファミリーの記念すべき最初の特許として登録されました。

この革新的な技術をはじめ、テレビ分野における数々のイノベーションが、Indesit の Laboratory of Advanced Design & Research から生まれました。1972 年に Attilio Farina によって設立されたこの研究所は、約 200 件の特許対象となる発明を生み出しましたが、そのほとんどがテレビにマイクロプロセッサを使用するという画期的なアイデアに関連するものでした。この研究所は Indesit のテレビ製造部門に属する研究部署であり、Farina が Dini の協力を得て立ち上げた特許関連機能も含まれていました。その拠点は、トリノから 10 km ほど離れたノーネにある Indesit の生産工場内にありました。チームのもう一人の中心人物は Pietro Belisomi で、Farina と Dini とともに多くの特許の共同発明者となっており、後にシズベルのコンサルタントを務めました。

Belisomi Farini Dini

Belisomi、Farina、Dini

テレビ業界向けのライセンス提携

R.EL(Ristrutturazione ELettronica)を通して Zanussi、Indesit、Brionvega といったイタリアの電子機器メーカー数社によるコンソーシアムを設立したイタリア工業省の取り組みに続き、シズベルが Roberto Dini によって創設されました。その当初の目的は、厳しい課題や外国との激しい競争に直面している国内テレビ業界の再編を支援することでした。

しかし、単一の製造拠点を構築する試みが失敗に終わった後、シズベルが真の使命を見出したのは特許ライセンスの分野でした。

提携は当初の 3 社から、イタリアの他のすべてのテレビメーカーを含むまでに拡大しました。たとえば、Seleco、Imperial、Mivar、Ultravox、Europhon、Elcit、Industrie Formenti、Sei-Sinudyne などです。

当時、取り組まなければならなかった中心的な課題の 1 つに、グローバルな特許権者からのロイヤリティ請求がありました。特に重要だったのは、PAL カラーテレビシステムの特許を保有している AEG Telefunken、カラーブラウン管を発明した RCA、アナログテレビ用のステレオ音声をカバーするポートフォリオを保有しているドイツのコンソーシアムの IGR でした。

Dini TV

イタリアのテレビ業界を再編するために 1982 年に創設されたシズベル

シズベルは、こうした請求から企業を守るために必要な交渉戦略や法的手段を加盟企業に提供しました。これは当時、業界に欠けていた能力でした。さらにシズベルは、より有利なライセンス条件を確保するための交渉カードとして、主要な特許ポートフォリオを Indesit から取得しました。これらの特許は、既存のライセンサーに対抗するためだけでなく、東アジアから台頭してきた新たな競合、とりわけ韓国のテレビメーカー 3 社、Samsung、Daewoo、LG に対しても活用できる可能性がありました。それはイタリアで前例がないどころか、世界的に見ても革命的なビジネスモデルでした。

アナログの時代

シズベルのライセンス分野における最初期の、そして最も永続的な成功の一部は、Indesit から取得した特許ポートフォリオから生まれました。これらの中には、1980 年代を通じて、またアナログ時代全体を通じてテレビ視聴環境を形成した数々の発明が含まれています。特に際立っているのが、以下の 3 つの技術革新です。

オンスクリーンディスプレイ(OSD)

Indesit の重要な特許の 1 つが、テレビの操作画面をディスプレイ上に表示することを可能にしました。それまでのテレビはダイヤルやスイッチで操作されていたため、画面に表示される情報はほとんどありませんでした。しかし、リモコンの登場により、音量、コントラスト、明るさなどの設定情報やチャンネル番号を表示する必要が出てきました。テレビ画像に重ねて表示されるシンプルなグラフィックは、テレビ内部のマイクロプロセッサによって実現され、実用的で安価な解決策となりました。

99 チャンネルテレビ

周波数合成チューニングもまた、Indesit の重要な発明でした。放送チャンネルが増えるにつれ、特に干渉の多い過密な環境ではチューニングが困難になりました。また、当時は電子メモリーは高額だったため、多数の局を記憶させることも難しいという事情がありました。Indesit の特許対象の正確な受信機チューニング方法は、このような制約を克服し、最終的には業界全体で採用されることになりました。

文字多重放送におけるイノベーション

BBC によって開発され、RAI によってイタリアに導入された文字多重放送(イタリアでは「Televideo」)は、インターネットの重要な先駆けであり、ライブ更新されるテキストのページを表示することで、ニュース、天気予報、番組ガイド、列車時刻表など、さまざまな情報を家庭に届けることができました。シズベルは、視聴者がリモコンを使ってページを切り替える方法など、文字多重放送の実用的な運用において重要な貢献を果たしました。

Televideo

文字多重放送(イタリアでは「Televideo」)に重要な貢献を成したシズベル

シズベルが発展し、自社の特許や第三者が保有する特許のライセンス事業に舵を切り始めたとき、これらのアナログテレビの技術が初期のライセンスプログラムを成功に導く基盤となりました。これらの技術が、今日のスマートテレビに至る道筋において、重要なマイルストーンとなったのです。

  • TOP Teletext プログラムは、ドイツの放送局が設立した研究コンソーシアム、IRT によって改良されたページ表システムを中心に構築されました。ユーザーが目的のページに直接ジャンプし、空白のページをスキップできるようにすることで、標準的な文字多重放送の性能を向上させました。

  • 1990 年に特許を取得したシズベルの発明が、ATSS(自動チューニングおよびソートシステム)ライセンスプログラムへの道を開きました。Farina と Dini は、チューニング関連技術のイノベーションにおける長年の実績を生かし、機器の初期設定時にチャンネルを自動的に編成するシステムを開発しました。このシステムはそれまでの煩雑な手作業に取って代わり、事実上の業界標準となりました。

  • 1997 年、シズベルは IRT から、ワイドスクリーンシグナリング(WSS)の特許ポートフォリオの独占ライセンスを取得しました。この技術により、テレビ受信機は送られてくる映像の画面アスペクト比を自動で検出し、正しいフォーマットで表示できるようになりました。ワイドスクリーンテレビの普及に伴う 4:3 から 16:9 への移行期において、この技術は極めて重要な役割を果たしました。

デジタル革命 – MPEG Audio

2000 年代に入ると、地上デジタル放送への移行が始まり、アナログ放送が次々と終了していきます。チューナーとの悪戦苦闘や、V 字型アンテナ、屋根上アンテナとの戦いは、瞬く間に過去の遺物となりました。視聴者はさらに多くの番組を視聴できるようになり、画質も向上し、電子番組表などのインタラクティブサービスも充実してきました。同時に、電波の周波数帯が解放されたことで、爆発的に増加する携帯電話のトラフィックを収納することが可能になりました。

デジタルテレビの登場は、家庭や個人の娯楽の中核をなす技術を根底から変えたのです。

オーディオの分野では、古いアナログシステムがデジタルオーディオに取って代わられました。このデジタルオーディオの符号化および復号化は、MPEG(Moving Picture Experts Group)によって標準化された技術、すなわち MPEG オーディオ規格を用いることで実現しました。この技術の標準必須特許(SEP)を保有していた Philips、France Telecom、Telediffusion de France、IRT は、シズベルに独占的なサブライセンス権を付与しました。

これが、ライセンスビジネスにおけるシズベル最大の成功の幕開けでした。MPEG Audio Layer II という形で標準化されたこの技術はまず、すべてのデジタルテレビ受信機に採用されました。その後、より進化した形態である MP3 として、すべてのオーディオ音楽プレーヤー(MP3 プレーヤー)に搭載され、最終的には、すべての携帯電話、コンピュータ、タブレットへと広がっていきました。こうして、当初は数百万件だった年間でのライセンス供与可能な製品数は、数十億件にまで増加しました。

この MPEG Audio のライセンスプログラムは商業的に大成功を収め、シズベルのライセンス能力を大幅に引き上げる原動力となりました。特筆すべきは、ライセンス取得の意思がない実施者へのアプローチです。シズベルは、多くの大手企業に対して国際的に訴訟を提起したほか、特許を侵害した製品が欧州市場に流入するのを防ぐために税関差し押さえを積極的に活用するという、先駆的な手法を確立しました。

デジタル革命 – デジタルテレビ放送

欧州では、DVB-T を中核的な伝送規格として使用しているデジタルビデオ放送(DVB)技術ファミリーが、この移行の中心的存在でした。これらの規格を扱うパテントプールは元々、MPEG-LA によって管理されていましたが、イタリアでアナログテレビからの切り替えが始まったのと同じ 2008 年に、シズベルに移管されました。シズベルはテレビ業界における専門知識とネットワークを生かし、プログラムを成功に導きました。

Analogue TV

2008 年にシズベルが DVB-T パテントプールの管理者に

しかしほどなくして、5G の登場が目前に迫り、周波数を貪欲に求めるモバイルネットワークの需要に応えるため、さらに少ない周波数帯域で、より高度な放送規格への移行が必要になりました。そうして誕生した DVB-T2 は、Ultra HD/4K 解像度、臨場感の増したオーディオ、格段に優れた信号安定性など、他の多くの分野でも優れた進化をもたらしました。

DVB-T2 のライセンスプログラムは、シズベルとパテントプールモデル全般にとって画期的な成功でした。2010 年に立ち上げられたこのパテントプールは当初、新規格の採用が遅れ、プールの条件に対する市場の反応も鈍かったことから、苦戦を強いられました。しかし、戦略的な見直しを経て、よりバランスの取れたプールへと生まれ変わったことで、最終的には DVB-T2 規格に必須と宣言されたすべての特許(合計 2,100 件以上)をカバーするまでに拡大しました。その後、主要な機器メーカーをすべて含む、200 社をはるかに超えるテクノロジーユーザーとライセンス契約を締結しました。事実上、真のワンストップショップとして機能し、ほぼすべての技術実装にライセンスを供与できる、希少なプールプログラムとなりました。

アンテナの向こう側:ビデオコーデックと Wi-Fi

家庭内でもモバイルネットワークでも、インターネットのスピードが飛躍的に向上するにつれて、テレビとその他の画面との境界が次第になくなりつつあります。ライブ放送を含む映像は、今や携帯電話、タブレット、コンピュータのモニターで消費され、地上波テレビ信号を受信する能力は、従来のテレビにとって差別化要因ではなくなってきています。テレビが今なお部屋の中心的存在であったとしても、その役割は、ディスプレイ(表示装置)へと変化しています。最新の圧縮技術を用いてインターネット経由でコンテンツを配信するアプリ、セットトップボックス、ストリーミングサービスのハブとなっているのです。

高解像度の映像(4K など)をストリーミングするには、膨大な量のデータを圧縮してスムーズに転送できるようにする必要があります。シズベルはこのコーディング革命の最前線に立っており、コーデックはトリノ郊外のノーネに拠点を置く Sisvel Tech チームの重要な強みとなっています。

ウェブベースのストリーミングビデオに最も広く採用されているビデオ符号化フォーマットの 1 つ(YouTube などのプラットフォームの基盤)である VP9 は、圧縮効率において大きな飛躍をもたらしました。シズベルは、VP9 のライセンスソリューションを提供する専用のパテントプールを設立し、これによって業界に秩序と明確さがもたらされる一助となりました。

この成功を足掛かりに、業界はさらに効率的なオープンコーデックである AV1 へとシフトしました。シズベルは、AV1 ライセンスプログラムを通じて、機器メーカーやサービスプロバイダに透明性の高いワンストップライセンスプラットフォームを引き続き提供し、超高精細ストリーミングの世界的な普及を後押ししています。市場が次世代 AV2 仕様の導入を予測する中、シズベルはすでにその関連技術の研究を積極的に進め、必須特許となる可能性のある権利を保有する企業との対話も開始しています。

Router TV

Wi-Fi とコーデックが現在のテレビ環境の中心

今や、あらゆる家庭のエンターテインメントの中心に居座るようになったのは、ほかでもない Wi-Fi です。好きな番組を楽しもうとする現代の若者の心配の種は「砂嵐」ではなく、バッファリングです。V 字型テレビアンテナとの格闘は、ルーターの再起動へと変わりました。

シズベルは、効率的な集約型のライセンス供与を行うには複雑で不透明すぎると長らく考えられてきた Wi-Fi ライセンスの分野で、成功を収めるプールプログラムを立ち上げ、新たなスタンダードを確立しました。シズベルの Wi-Fi 6 プログラムは、Wi-Fi 6 および Wi-Fi 7 の両方の標準必須特許へのアクセスを提供する 10 社が参加する Wi-Fi マルチモードプールに引き継がれるまでに、40 社以上のライセンシーを獲得しました。

Wi-Fi マルチモードプログラムは、現代の私たちがコンテンツを消費するさまざまな方法のすべてに対応できる柔軟性を備えており、携帯電話、タブレット、ノートパソコン、ダッシュボード組み込み製品、そしてもちろんテレビも含む、さまざまなデバイスに対して一律の FRAND 料率を提供します。

新しい技術、変わらない使命

テレビはそのフォーマットや配信方法において劇的な変化を遂げてきましたが、変わらないものが 1 つだけあります。それは、イノベーションを育むことが可能な健全なエコシステムが求められているということです。当初からシズベルの使命は、こうした進化を可能にする人々(発明者や開発者)を支えることでした。私たちがその原点を見失わなかった理由の 1 つは、創業者自身がまさにその一員であり、同僚たちとともにこうした目覚ましい進歩をもたらすために尽力してきたからにほかありません。

私たちの生活やキャリアに影響を与えた最先端技術のすべてを振り返ることは、楽しく有益なことです。しかし、イノベーションを推進するためには、常に、次に何が来るかを考える必要があります。そのようなマインドセットがあったからこそ、シズベルは、メディアを消費する方法に関して想定される大きな転換点を数多く見極め、そして後押しすることができたのです。そして、私たちはこれからもその歩みを止めることはありません。

Patrizia La Rosa はシズベルの DVB-T2 プログラムマネージャです

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