今こそ「摩擦の虚構」を打ち破る時

カテゴリ
ライセンスに関する見解
日付
2026年4月16日

文責:Mattia Fogliacco

技術市場、特に標準化された技術を扱う市場は、しばしば「機能不全」と表現されます。不確実性や訴訟が横行し、イノベーションにブレーキをかけ、モノのインターネットなどの分野における新たな事業分野の発展を妨げているといった主張です。この機能不全という常套句は、政策立案者に対して、標準必須特許(SEP)の価値を低下させる規制の根拠として提示され、その結果、その特許を支える研究開発投資の価値を反映した価格帯でのライセンス供与を極めて困難にしています。

しかし、そうした主張は厳密な検証に耐えません。標準化された技術の市場が本当に「機能不全」に陥っているとするなら、どのような状況が想定されるでしょうか。そのような場合には、裁判所は SEP に関連する訴訟に過剰な負担を強いられ、規格策定は停滞し、技術の普及は鈍化し、消費者価格はインフレ率をはるかに上回るペースで上昇し、新世代の技術の登場は先送りになるか、あるいはまったく実現しなくなるでしょう。しかし、実際にはそのような状況はまったく発生していません。

市場の真実

まずは法的な紛争について見てみましょう。欧州特許庁は、2025 年の報告書「Standards and the European Patent System」において、明確に次のように述べています。「標準必須特許権者と実施者との間のライセンス契約のほとんどは、訴訟に発展することなく締結されています。」同様に、2023 年の欧州委員会の調査「Empirical Assessment of Potential Challenges in SME Licensing」も、次のように結論付けています。

… 観測可能な結果からは、標準必須特許のライセンス条件を理由として、規格関連のイノベーションからの広範な「オプトアウト」が生じていることは示されていません。すなわち、標準必須特許のライセンス供与において見られる課題が、規格策定への参加を組織的に阻害したり、技術規格を用いた製品の開発を阻害するほど深刻なものではないと考えられます。

これは機能不全に陥った市場の姿ではありません。

コネクティビティ関連の技術についても、同様の状況が見られます。2024 年の GSMA Intelligence の指摘によると、「5G はこれまでにない速さで普及が進んでおり、2022 年末までには接続数 10 億を突破し、2023 年末には 16 億、2030 年までには 55 億に達すると見込まれます。」Wi-Fi においても同様で、Wi-Fi Alliance は 2024 年 1 月 8 日に Wi-Fi 7 を発表し、2028 年までに 21 億台のデバイスで利用されると見込んでいます。これは単なる予測にとどまりません。「2025 年初頭以降、企業による Wi-Fi 7 の導入は急増し、主要ベンダー各社は、この新技術に関する充実した製品ラインアップを提供、価格も異例なほど低水準になっています」と、Dell’Oro Group の研究部門責任者である Siân Morgan 氏は述べています。

衰退ではなく拡大

市場は衰退するどころか着実に拡大しています。コネクティビティ規格に基づいた製品は、かつてないほど広く普及しており、あらゆる層の消費者にとって手頃な価格で手に入れられるようになっています。これは喜ぶべきことであって、危険な状況にさらされているわけではありません。

もちろん、SEP のライセンス供与に、摩擦と言えるものがまったく存在しないというわけではありません。しかし、複雑な商業環境においては、そのような状況は自然なことです。残念なことに、同じく現実的でありながら、より問題なのは、「摩擦の虚構」、つまり制度が不公平で機能していないという主張です。その目的はただ 1 つ、交渉力のバランスを変えるための「解決策」を正当化することにあります。

実際のところ、SEP ライセンス契約の大半は、大きな摩擦問題なく締結されています。当事者が集まり、問題について検討し、情報を交換し、合意に至る ― それが通常の形です。

確かに訴訟は存在します。そして、係争金額が大きければ大きいほど、紛争に発展する可能性は高くなります。しかしこれについて陳謝する必要はありません。これは、機能している市場においては当然の事象です。ビジネスにおいては、当事者同士が常に合意に達するとは限らず、時には解決策を見出せないこともあります。そのような状況では、裁判所やその他の紛争解決機関が関与する可能性があります。こうしたことは、不動産、運送業、エネルギー、M&A、銀行業などあらゆる分野で見られる現象であって、SEP においても例外ではありません。

重要なのは、ほとんどの取引は法的紛争なしに成立している以上、「市場が機能不全に陥っている」というのは正しい分析ではなく、戦略に過ぎないということです。

とは言え、現在の制度が完璧でないのも事実です。規格に基づく製品は複雑で、ポートフォリオは規模が大きく、サプライチェーンはグローバルに展開しています。技術の融合により、新たなプレイヤーが交渉の場に参入するようになっています。こうした企業は、ライセンス業界の慣行に不慣れな場合が多く、特にモノのインターネットの台頭に伴い、中小企業が交渉の場に加わるケースが増えています。

ビジネス戦略としてのホールドアウト

しかし、複雑性は機能不全を意味するものではありません。必要なのは、信頼できるルールや有意義なインセンティブを取り決めるのと同時に、課題を乗り越えるために、市場インフラや仲介機能、長期的なビジョン、そして正しいことを行うという意志です。

こうした要素は現状獲得済みか、あるいは現実的に獲得可能であるにもかかわらず、なぜ私たちはいつも同じような機能不全の話を耳にするのでしょうか。

時には、それは率直な苛立ちであり、現実的な限界の表れです。しかし、多くの場合、それはむしろ、戦術です。なぜなら、交渉において最も強力な手段の 1 つが「遅延」だからです。

出荷を続けながら支払いを十分に長く先延ばしにできれば、遅延そのものが利益の源となります。ここで、「摩擦」という言説が役に立つのです。この言葉を使うことで、SEP の侵害に対抗するための救済措置を弱めることになる「応急処置」を提示する機会が得られます。そうした救済措置の信頼性が失われれば、遅延はリスクではなく合理的な戦略へと変わります。それが「ホールドアウト」です。

ホールドアウトは単なるスローガンではなく、言わば行動指針です。SEP 保有者からの通知を無視し、返答を遅らせ、「さらなる」データを要求し、基本的な販売情報の開示を拒否し、スケジュールを変更することはなく、製品の供給を継続する、といった段取りを進めるためのものです。こうした状況で利益を得るのはコネクティビティ規格の策定に時間と資金を投じてきた側ではありません。

「差止命令」と聞くと、人はそれをまるで商業物語の結末のように扱います。しかし、それは間違いです。実際の技術市場においては、救済措置は交渉を原則論から価格交渉へと移す起点です。米国の法学教授 Adam Mossoff 氏は、これを「差止命令機能」と呼んでいます。つまり、信頼できる差止命令は財産権を保障し、取引を円滑にし、時間に対して適正なコストを設定することで、交渉の公正さが保たれるのです。

対照的に、他人の財産を不法占拠してもそれなりのリスクが伴わないのであれば、時間稼ぎにホールドアウトを行うことが合理的な選択となり、市場の均衡は崩れます。

改善の余地

とは言え、現実に摩擦は存在します。問題はその対処法です。遅延を固定化するような、効果の鈍い規制や画一的なルールは答えにはなりません。むしろ、新たな仲介の形を模索すべきです。言い換えれば、機能する市場が常にそうであるように、インフラを整備すべきなのです。

方策は 3 つあります。

  1. 透明性の向上。多くの取引において実際に生じる摩擦は、情報が非対称であることです。透明性は意見の相違をなくすわけではありませんが、対立を狭めることはできます。

  2. 集約およびライセンス供与のソリューション構築。パテントプールが存在するのは、大規模な二社間ライセンス交渉が高コストなためです。プールは条件を標準化し、取引コストを削減します。また、市場主導のベンチマーク(料率、条件、特許リストなど)を公表することもできます。さらに、パテントプールを基盤として、新たなライセンス手法を構築することも可能です。一例を挙げると、シズベルのセルラー IoT プール向けに、中小企業向けライセンスロイヤリティファンドの立ち上げを行ってからわずか 3 ヵ月で、最初の契約が成立しました。この迅速な成果は、市場主導型の解決策の有効性を浮き彫りにしています。これまでに、資金提供の候補として 90 社の中小企業が選定され、連絡が取られており、このうち 10 社とは、すでに協議を進めています。法制化に要する期間と比較すれば、その差は明らかです。

  3. 訴訟以外の解決手段の活用。グローバルな製品はグローバルな紛争を引き起こしますが、訴訟だけが解決策ではありません。例えば、WIPO は SEP/FRAND 紛争に特化した裁判外紛争解決手続き(ADR)の仕組みを構築しています。ADR は「穏健」な手段なのではなく、効率的であり、コストを削減し、機密性を維持し、当事者を解決に導きます。

摩擦を減らしたいのであれば、エスカレーションを緩和する手段を拡充すべきです。しかし問題は、政策立案者が「摩擦」と「失敗」を混同してしまうと、過度な是正策を講じてしまうことです。規制当局が短期的な利益に焦点を当て、長期的な社会的厚生を見失えば、特定の利益を保護することになります。

さらに、過剰な介入は二次的な効果を生み出します。規格ベースのイノベータが研究開発への投資を抑制し、権利を実効的に行使できる場を求めて移動する可能性があります。その結果、イノベーションが停滞するにつれて、紛争が増え、状況が硬直化し、軽減したいはずの摩擦がさらに悪化してしまいます。

虚構を拒否する

問うべきは、「摩擦を解消するにはどうすればよいか」ではありません。正しくは、「インセンティブを阻害せずに摩擦を減らすにはどうすればよいか」です。その答えは、透明性の向上、集約の強化、そして新たな仲介手段の導入、さらに ADR の拡充にあります。

バランス、信頼できる対策、エビデンスに基づく政策立案こそが、知識経済の繁栄を可能にします。だからこそ、「摩擦の虚構」を認識し、それが生み出す言説を拒絶することが重要です。SEP ライセンス市場が根本的に機能不全に陥っているという主張は、単なるロビー活動に過ぎません。時に戦略的なものであり、時に日和見的なものです。そのような主張に基づいて政策を立案すれば、解決しようとしている問題そのものを生み出してしまう危険があります。

シズベルは、これがライセンス業界が提供できる限界とは考えていません。今後も、ライセンサーとライセンシーの双方のニーズに応えることで、市場の摩擦を軽減する、市場に基づく解決策の策定と提供に注力していきます。これが進むべき道です。皆様もぜひご参加ください。

Mattia Fogliacco はシズベルインターナショナルの社長兼 CEO です。この記事は、2026 年 3 月にパリで開催された IPBC Europe での講演に基づいています。

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