ホールドアウトについてさらなる議論が必要
世界各国の裁判所は、FRAND 関連紛争におけるライセンス取得の意思がない実施者による不誠実な交渉引き延ばし戦術を問題視しています。こうした行為が引き起こすさまざまな負の側面を考えると、裁判所の指摘は非常に重要です。政策立案者も注目すべきです
文責:David Muus
先週、私は Sisvel Insights で、Ericsson とインドのデバイスメーカー Lava を巻き込んだ FRAND/SEP に関する紛争で デリー高等裁判所が下した最近の判決 について考察した記事を公開しました。この判決は複数の重要な問題に触れ、長期的に大きな影響を及ぼす可能性があります。
この訴訟で特に重要な点は、Amit Bansal 裁判官が、Lava が実施者にライセンスを提供する標準必須特許(SEP)の保有者にとって非常に高く認知された行為、すなわち、ライセンス取得の意思がない実施者による FRAND 交渉の意図的な妨害を行ったと認めたことです。これは一般に「ホールドアウト」として知られる戦術です。
裁判所がライセンス取得の意思がない実施者を名指しで批判
デリー高裁の判決は、この不誠実なホー ルドアウトという慣行を FRAND ライセンス契約の締結の重大な阻害要因と認める、世界中の主要裁判所による一連の判決の最新の結果です。政策立案者も注目すべき重要な論点です。
本質的に、ホールドアウトとは、「支払う必要があるのなら支払わせてみろ」といった態度に基づくライセンス交渉の戦術です。このような威圧的な行為については、 以下のような具体例が記録されています。 例:
数ヵ月や数年間も、通知書やその他の連絡を無視し続ける。
特許の必須性および有効性が裁判所で確認された場合のみ、個別の特許の FRAND ライセンスを取得すると主張する。
絶え間なく続く、長引く情報要求や、終わりの見えない NDA(秘密保持契約)の「交渉」。
ライセンス提案の内容が理解できないと主張する。
ロイヤリティ交渉に必要な売上情報の提供を拒否する。
非常識なカウンターオファーを提示する(裁判所が妥当と判断した額の 350 分の 1 以下という事例も散見されている)あるいはそもそも提示しない。
グローバルな販売やサプライチェーンを有しているにもかかわらず、グローバルライセンスの提案を拒否する。
自社ではなく、消極的な態度のサプライヤに交渉を誘導する。
他にも多くの例が存在します。すべてではなくても、ほとんどの SEP ライセンサーは、このような戦術によって不利益を受けたことがあるでしょう。こうした戦術の目 的はただ 1 つ 、ロイヤリティ支払いの時期をできるかぎり遅らせ、特許技術の保有者が疲弊するか、特許が失効するのを待つことです。
シズベルにおける実体験
シズベルでも、裁判官がホールドアウトを認定した事例を経験しています。 シズベル対 Wiko 訴訟では、カールスルーエ控訴裁判所は、被告のライセンス提案に対する反応が常に遅れがちであり、再三の督促があってようやく応じていたことを認定しました。通常、裁判の進展がなければ、真摯な対応は見られませんでした。
この訴訟では、ホールドアウトの極端な例が多数確認されました。例えば、裁判所による和解交渉への参加提案を拒否したこと、繰り返し提示されたにもかかわらず説明もなく NDA の締結を拒んだこと、さらには、学校の休暇や人員不足を交渉遅延の正当な理由として主張しようとしたことなどが挙げられます (本当にそのような理由が通るのか)。
これらはいずれも、侵害者が「目標志向型」の姿勢で交渉に臨む用意がないことの証明であり、ライセンス取得の意思がないことを示すものと裁判所は判断しました。
ドイツ連邦最高裁判所も、広く議論された シズベル対 Haier 訴訟にて 同様の判断を下しました。この画期的な判決によれば、実施者は SEP 権利者と FRAND 条件でライセンス契約を締結する意思を「明確かつ一貫した形で」表明しなければならず、さらに「目標志向型」で交渉に取り組まなければならないとされています。
逆に、侵害通知に対し「FRAND ライセンスに応じる意思がある」とだけ述べ、その具体的内容を示さないのでは不十分です。また、ライセンス取得の可能性や条件を交渉するだけでも不十分です。つまり、実際の交渉と実質的なカウンターオファーこそが重要であり、口先だけの対応では意味がありません。
欧州以外
一方、米国でも最近の複数の第一審判決が、 (私が今年初めの記事で紹介したように) FRAND ライセンス交渉における実施者側の不誠実な対応に光を当てています。
これまで、米国の裁判所はライセンサーが被った損害を第一に考慮する傾向がありました。しかし、ここ 1 年の間に、 3G Licensing 対 HTC 訴訟 や、 G+ Communications 対 Samsung 訴訟の審理では、被告が FRAND 原則に基づき真摯に適切な交渉プロセスに臨んだかどうかという点が、より重視されるようになっています。
そして今回、新たにデリー高等裁判所の判断が判例に加わりました。判決文 の中から、注目すべき部分をいくつかご紹介します。 判決文 のうち、Bansal 裁判官が判決末尾に付した要旨に記載されている内容です。判決文の 471 ページで、同裁判官は次のように述べています。
FRAND 料率の誠実な交渉の必要性を強調したうえで、標準化団体(SSO)は特許の有効性や必須性を評価していないことから、被疑侵害者には交渉中または交渉後においても特許に異議を唱える権利があると判断しました。同時に、侵害者が FRAND 提案に誠実に対応しなかった場合、特許権者は過去の使用に対する損害賠償を含む法的救済を求めることができます。
Lava は Ericsson との交渉に誠実に臨まず、一貫してライセンス交渉を遅延させ、提案への返答やカウンターオファーの提示を行わなかったことから、「ライセンス取得の意思がない実施者」と認定されました。さらに、Micromax と同じロイヤリティ料率を受け入れる意思があるかという裁判所の具体的な問いに対し、Lava が回答しなかったことも、同社が建設的なライセンス交渉に応じる意思を欠いていることを明確に示しています。
多様な負の側面
意図的に不誠実な遅延戦術を取る「ライセンス取得の意思がない実施者」は、さまざまな利益を損ないます。当然ながら、当該 SEP の基盤となる技術の研究開発に投資してきたイノベータにとっては、大きな損失となります。しかし、それだけではなく、当該ライセンシーの競合他社の利益も損なわれます。なぜなら、競合他社はライセンス料を支払っている一方で、ホールドアウトをしている実施者は支払っていないからです。
こうした状況は、結果的に消費者にも不利益をもたらします。消費者は二重に損失を被ります。第一に、ホールドアウトにより研究開発への投資意欲が削がれ、先進的な新製品の供給が滞るからです。第二に、倫理的に正しい行動をとる企業よりも、不当な手法をとる企業が有利になり、市場が歪められるためです。
だからこそ、ホールドアウトの実態を継続的に明らかにし続けることが重要なのです。現在、この動きは裁判所が主導しています。裁判官や陪審員は、紛争の現実を間近で目にしています。裁判官は事実関係を検討し、書簡を精査し、質問を投げかけ、当事者の目を見て、なぜ交渉の場ではなく法廷にいるのかをあらゆる視点から把握できる立場にあります。
このようなメリットは、規制策が策定される過程では得られにくいものです実際には近年、特許を巡る立法は、意見や理論ばかりが反響し合う情報バブルの中で進められ、技術開発者が規制されるべき「悪者」と見なされるような前提に立脚していることが多いように思われます。
例えば、現在提案されている EU の SEP ライセンス規制案を見てみましょう。この提案は完全に一方的な視点に偏り、特許権者に大きな負担を強いるのみで、ホールドアウトに関しては完全に黙認しています。欧州各地の裁判所が、ライセンス取得の意思がない実施者が実際に重大な問題を引き起こしていると認定しているにもかかわらず、です。
私がキャリアの初期に学んだのは、裁判所の役割 の 1 つは「誰が悪者なのかを見極め、その行動を法の力で止めることだ」ということでした。消耗戦のようなホールドアウト戦術で発明者を追い詰めるのは、極めて悪質に思えます。デリー高等裁判所が裁判所として初めてこの点を認めたことを、私は評価しています。
David Muus はシズベルのライセンスプログラム責任者です