パテントプール、AI、デジタル単一市場
私たちが今、目にしている AI 技術の急速な進展により、デジタルの世界は大きく変貌しようとしています。欧州がこの動きを最大限に活かすために、パテントプールが果たし得る役割に焦点を当てた新たな書籍
文責:Jacob Schindler
EU は、過去約 10 年間にわたり、デジタル単一市場戦略を推進してきました。この戦略は、デジタル財やサービスへのアクセス改善、デジタルネットワークに適した環境の整備、そしてデジタルトランスフォーメーションを欧州の成長の原動力とすることを目的としています。
AI の急速な進展によってデジタル世界が再構築されつつある中、法律および政策の研究者グループが新たな学術書、 『Digital Single Market and Artificial Intelligence: AI Act and Intellectual Property in the Digital Transition(デジタル単一市場と AI:デジタル移行における AI 関連法および知的財産)』を発行しました。先月、EU の AI 法が施行されたことを踏まえ、本書は AI と EU 政策の幅広い接点についてタイムリーに考察しています。
シズベルの Video Coding Platform プログラムマネージャ Valentina Piola が「The virtuous circle of licenses in standard essential patents(標準必須特許におけるライセンスの好循環)」の章を執筆し、AI が定義する新たなイノベーション時代におけるパテントプールの可能性を考察しています。また、別の章「AI and standard essential patents: the MPAI experience(AI と標準必須特許:MPAI の取り組み)」では、シズベルの創設者 Roberto Dini と、MPAI の会長 Leonardo Chiariglione 氏が、SEP ライセンスの促進に向けた標準開発機関としての独自の取り組みを論じています。
ライセンスによって公平な競争環境が整う
デジタルへの移行を支えるさまざまな技術、特に 5G、Wi-Fi、IoT を見ても明らかなように、グローバルな規格は、相互運用性を実現し、デジタル単一市場が構想する広範なアクセスと公平な競争環境を促進するうえで、極めて重要な役割を果たしています。
FRAND 条件に基づく標準必須特許のライセンスは、こうしたデジタルトランスフォーメーションの基盤を築くことに貢献したイノベータに報酬を与える仕組みとなっています。これによって生まれるのが、 発明のループです。これは、収益やロイヤリティの持続可能な割合が研究開発に再投資される好循環を指します。
Piola が指摘するように、この好循環は、中小企業、大学、研究機関、スタートアップが基盤技術や規格の形成に貢献するための重要な後押しとなります。「こうしたイノベータは、大手テクノロジー企業と同じ水準の支出は見込めないことは言うまでもありません。したがって、持続可能なイノベーションのエコシステムを築く鍵はライセンスです」、と Piola は記しています。
AI 関連規格の台頭
AI 分野では、研究開発投資と特許出願の活動がともに加速しています。この 1 年で大きな注目を集めた AI の主力製品に関しては、大手テクノロジー企業の多くが「ウォールドガーデン」戦略を採用しています。しかし、AI の一部分野では、オープンな標準化の取り組みも立ち上がりつつあります。
最近設立された標準化団体のひとつで、Dini と Chiariglione の章でも取り上げられているのが、 「Moving Picture, Audio and Data Coding by Artificial Intelligence(MPAI)」です。 この団体は 2020 年に設立されました。MPAI は、「AI を活用したデータ符号化仕様を開発し、明確な知的財産権(IPR)ライセンスの枠組みを設けることを使命とする、国際的・非提携・非営利の団体」としています。その他の活動として、AI アプリの実行、高度な音声技術、自動運転車の接続性などの分野で、9 件の技術仕様を策定しています。
MPAI は新しい 知的財産管理モデル として知られている「フレームワークライセンス(FWL)」を採用しています。ホールドアウトや一部技術分野におけるワンストップ提供の弱体化など、既存の枠組みにおける課題への対応として 開発された MPAI のモデルは、標準必須特許の保有者と実施者が、より迅速かつ円滑に合意に至ることを目指しています。名称が示すとおり、フレームワークライセンスは具体的な商業条件ではなく、交渉のための指針を定めています。
MPAI の取り組みは、標準開発機関に関わるステークホルダーが、AI 時代にふさわしいライセンスモデルの構築について真剣に考えていることを示しています。
パテントプールの計画は早期に始めるべき
Piola によれば、パテントプールについては、運営者による正式なプール設立支援の前段階である、商用化前のプロセスから検討することが極めて重要です。理想的には、ライセンスフレームワークも初期段階で合意することで、市場の不確実性を低減し、透明性を確保すべきです。
Dini と Chiariglione の説明によると、MPAI は他の規格化の取り組みと異なり、各規格に対するフレームワークライセンスの早期採用を明示的に求めています。この積極的な取り組みの目的は、実施者がライセンス条件や累積ロイヤリティ料率を当初から明確に把握できるようにすることです。
Piola が指摘する成功するパテントプールのその他の要素は、以下のとおりです。
特許権者と実施者とのバランス、
中小企業、大学、スタートアップの権利者への訴求力、
運営者の独立性、
第三者による厳格な必須性確認の仕組み。
つまり、この発展著しい技術分野において、独立性・透明性・バランスの取れたパテントプールが果たすべき明確な役割がありま す。他の多くの分野と同様、これは EU のデジタル将来像を形成するという欧州の政策立案者の目標と一致しています。
Piola が本書で指摘し、またシズベルのライセンスプログラム責任者である David Muus も 他の記事で強調しているように、 欧州委員会はこれまで一貫してこの点を認識してきました。AI 時代におけるデジタル単一市場の次のステップを描くうえで、この点を改めて慎重に検討すべきです。
Jacob Schindler は、シズベルのコンテンツ・戦略コミュニケーション部門のシニアマネージャです。香港を拠点にしています。