ドイツの裁判所、FRAND について SEP 権者に有利な指針を示す
ミュンヘン地方裁判所第 7 民事 法廷、SEP 紛争に対するアプローチを発表。権利者は歓迎。しかし重要な注意点も
文責:Hosea Haag
ドイツの裁判官が、概念を広げて法にアプローチすることを公然と示すのは極めて異例です。判決書では通常、事実が十分に証明されているかどうか、議論が説得力のあるものであるかどうかに焦点を当て、その根底にある司法判断は公表されません。過去の判決について発表はしても、併せてコメントすることは避ける傾向があります。
このような背景から、ミュンヘン地方裁判所第 7 法廷が下した先日の判決は異例なものとなりました。ZTE と Samsung 間で係争中の 4G/5G 紛争において、裁判長(Dr Oliver Schön)が FRAND の主要な問題に対する法廷の見解を明らかにしました。示されたのは手続き上の指針を超えるものであり、法廷が経済的および法的根拠を示す異例な事態となりました。そして、このメッセージは、標準必須特許(SEP)権者をはじめ、一般的な特許権者にとって非常に有益な内容となります。
重要なポイント
ミュンヘン裁判所は、技術開発を推進するうえでの SEP 権者の役割を認識して、権者の地位を強化しようとしています。
これは、技術ライセンスの経済性に対する明確な理解と言えます。
判決を迅速に(9~10 ヵ月以内に)行い、最終判決以外の判決については、執行の保証金を妥当なレベルで維持することを目的としています。
外国の裁判所がドイツの執行手続に干渉することはできません。
指針
2025 年 7 月 10 日に行われた ZTE 対 Samsung の FRAND に関する審問で、Schön J 裁判長は、機密事項に関する時間として一般の人々を退出させる前に、約 2 時間にわたる異例の長さ(通常 20 分間)の公開説明を行いました。FRAND に関する法廷の見解は、後の 16 ページの指針[I]で確認できます。本項では、指針の概要と分析について説明します。
背景
CJEU(欧州司法裁所)が下した Huawei 対 ZTE[II]の画期的な判決からほぼ 10 年が経過しました。CJEU では、SEP 権者と実施者の間で、厳密かつ作為的な 5 段階の「やりとり」を想定しました。実際には、各管轄の裁判所は Huawei 対 ZTE 訴訟を商業的現実に基づきより実用的に解釈しています。ドイツでは、SEP/FRAND の主な裁判地であるミュンヘン、マンハイム、デュッセルドルフがそれぞれ独自のアプローチを策定しており、シズベル対 Haier[III]の事例のように連邦裁判所から指針が示されることはあまりありません。
ドイツの裁判所では、実施者がライセンスを取得する意思があるかどうか、誠実に交渉する意思があるかどうかに焦点を当てる傾向があり、訴訟になることは稀です。Huawei 対 ZTE の係争でミュンヘン高等地方裁判所が最近重視したのが 5 番目のステップとなる「保証金」です。ステップは、(1)「SEP 権者の侵害通知」、(2)「実施者のライセンス取得意思表明」、(3)「SEP 権者の(FRAND)条件のオファー」、(4)「実施者の対案」を経て、実施者が(5)「銀行保証または公的保管機関(Hinterlegungsstelle)への供託による保証金」を差し入れる流れになります。VoiceAge 対 HMD 訴訟[iv]を扱う高等裁判所では、(5)が行われない限り、SEP 権者のオファーに基づくグローバルライセンスについて裁判所はオファーが FRAND(公正、合理的、非差別的)に適合するかどうかを審査する必要はない(明らかに過剰な場合を除く)との判断を示しました。
国際的な側面
裁判所が扱うのは SEP/FRAND 訴訟で見られる通常の手順となり、主にロイヤリティ設定手続き、訴訟差止命令(ASI)、反訴訟差止命令(AASI)、暫定ライセンスの要求、反トラスト訴訟などが挙げられます。Samsung と ZTE 間の係争では、少なくとも英国、ドイツ、統一特許裁判所(国ではなく独自の管轄区域)、中国、ブラジルの特許裁判所が関与しています。ミュンヘン裁判所が指針を発表するわずか数週間前に、英国高等裁判所が ZTE に不利な判決を下しました[V]。判決は、英国高等裁判所が設定したグローバルライセンスの条件(裁定待ちの暫定ライセンスを含む)の受け入れを拒否した場合、ZTE は「ライセンス取得の意思がない実施者」と見なされ、Samsung に対する競争法の保護を受ける権利がなくなるというものでした。
ミュンヘン裁判所の反応は明確で、ASI、AASI、グローバルな暫定ライセンスの要求などの措置は国の管轄権を妨げ、実際に管轄権を持つ裁判所を排除する可能性があるというものでした。
ミュンヘン裁判所の指針の中核となる立場
1.保証金と支払い
ミュンヘン裁判所では、VoiceAge 対 HMD 訴訟において、FRAND の異議申し立てが審理される前に実施者が世界規模の保証金を差し入れなければならないとする高等地方裁判所の厳格な要求を却下しています。この見解は連邦裁判所では通用しないと予想されます。
保証金が差し入れられた後も、実施者には引き続き FRAND ライセンスを取得する義務があります。裁判所は、SEP 権者のオファーが FRAND であるかどうかを審査しなければなりません。
Huawei/ZTE 以外でも、裁判所では保証金だけでなく、異議のないロイヤリティに対して実際に支払いが要求されます。(
「Orange Book」の枠組みで実施者が「合理的なライセンス料」として差し入れる保証金は通常 3 桁なので、当該の支払いはさほど高額にはならないかもしれません)。
2.Huawei/ZTE フレームワークの実践
最初の 2 つの通知ステップはあまり重要ではありません。重要なのは交渉です。
ステップ 3 の段階では、SEP 権者の最初のオファーが FRAND(公正、合理的、非差別的)でなくても構いません。少なくとも 1 つの改善が認められます。
焦点は、交渉の迅速化、意思決定者の関与、進捗が停滞した場合の社内でのエスカレーションなど、実施者が真剣に取り組んでいるかどうかです。遅延は許容される場合もありますが、ホールドアウトになってしまうと、意欲が疑われることになります。
3.FRAND 条件の決定
FRAND は 1 つの数値ではなく、範囲を表します。SEP 権者は、技術へのアクセス制限を上限として、要求することができます。
ロイヤリティ料率はガウス分布に従う傾向があり、大半が中間値にあり、極端に高い値や低い値は少ないと裁判所は指摘しています。以前のライセンス料よりも 15 % 以上の増加が許容されています。
オファーが他のライセンシーの条件と異なる場合でも、FRAND と認められる 場合があります。この指針では、曖昧ではあるものの、合意の最低条件と最高条件の差は 3 倍まで許容されることが示唆されています。
比較事例が主な情報源となります。同一のライセンサーが同一ポートフォリオに対して付与するライセンスが最も重視されます。同一当事者間に過去の合意が存在する場合、変更を求める当事者の主張においては十分な根拠が求められます。
過去の使用に対する支払いは、費用を遡及的に転嫁することができないため、重要性が低下します。
重要なのは、侵害が通知された後の補償のみです。
4.計算方法
トップダウンで特許をカウントする方法は却下されます。信頼できるベンチマークには比較対象が必要です。
利率は、売上高の割合(%)ではなく、標準的な製品の単価に基づく必要があります。
単位当たりのロイヤリティが最も透明性が高いと考えられます。一括払いモデルも可能です。
裁判所では、当事者が合意した計算方法を考慮する一方で、単位当たりの値に対する妥当性をチェックします。
取引量が非常に高い場合の割引は許容されます。取引量が少ない実施者を相手取る訴訟は SEP 権者にとって費用対効果が低くなります。この点においては、小規模プレイヤーが有利かもしれません。
5.暫定ライセンス
暫定ライセンスは不要です。ライセンス取得の意思がある実施者の場合、時間が十分にあるので、手続き期間内に最終条件の合意に至ることができます。
裁判所は、法的枠組みを超えて、今後の訴訟での司法判断の参考となる経済的見解も明らかにしました。
ロイヤリティとインセンティブについて
ロイヤリティはイノベーションを促進します。よって高額であるべきです。
SEP 権者にとっても、侵害者を追跡するうえでロイヤリティ収入は必要です。
特許権者は、先行投資するかたちですでに事業展開しています。イノベーションへの投資は 7~10 年後に利益回収されるのが一般的です。
保証金と支払いについて
保証金は、イノベーションへの資金提供として利用することができません。
実際の支払いが必要です。ライセンスを取得せずに技術を利用することは非難に値します。
FRAND の判定について
FRAND 料率は、独立機関で設定されるものではありません。市場主導のプロセスから生まれるものとなります。
裁判所や他の国家機関が、SEP 権者に対して司法判断の受諾を強制することはできません。裁判所で行われるのは関連審査のみとなり、オファーが FRAND であるかどうかが審理されます。
判決が下される直前に仲裁要求が行われることに関しては疑問の余地があります。
訴訟の力学について
現在は、訴訟が実施者に実質的な圧力をかけたり、意思決定者に影響を与えたりすることはありません。
SEP 権者に過失がある場合もありますが、交渉を遅らせたり、不適切な人物を交渉に関与させたり、交渉を妨害したりするのは大抵の場合実施者です。
評価と比較対象について
特許の価値には大きな差異があります。少数ながら強力な特許のポートフォリオを保有 する研究機関もあれば、真逆のプロファイルを有する大規模市場参加者もいます。
携帯電話が高価格になるのは、SEP 技術だけでなく、ブランド、カメラ品質、ソフトウェアなど多くの要因があります。
市場での行動について
実施者は、ライセンスを取得する前により安価な製品で市場シェアを確保しようとする場合があります。
実施者に見られる行動として、ライセンス供与に強く抵抗して相手側の SEP 権者が手を引くことを狙う戦略があります。裁判所では、これを「ハードクッキー戦略」と呼んでいます。
ライセンシーごとに異なる条件を設定することについては、正当性が認められる場合があります。
ドイツの強制執行について
訴訟手続きは通常 9 ヵ月から 10 ヵ月続きます。
ドイツの特許保護の中核となるのは、常に差し止め命令です。
SEP 権者にとってドイツは非常に重要です。執行が現実的に可能なのは一部の管轄区域に限られるからです。
外国の判決
この指針では、外国の裁判所の判決がドイツの訴訟手続きに対して拘束力や影響力を有しないことが明確に示されています。判決の相違は、主権の表れとして正常なことです。外国の裁判所がドイツの訴訟手続きに影響を与えようとしない限り、問題はありません。
しかし、外国の訴訟手続き(判決に限らず)により、訴訟結果をドイツで当事者が強要された場合は、ドイツの裁判所が AASI などで介入することになります。一部の評論家の間では、ドイツ以外の裁判所がドイツの管轄区域に及ぶ判決を下す ように求められた場合、反 FRAND と見なされ、独占禁止法の主張が考慮されない可能性があると指摘されています。その場合、仮差し止め命令(ドイツの裁判所が数週間も待たずに一方的な差し止め命令を出すことがあったときのような)が再開されるかどうかは明示されていません。判例法の形成に意欲的な SEP 権者にとっては試みる価値は確かにあるでしょう。
ミュンヘン裁判所は、CJEU の BSH Hausgeräte 対 Electrolux の判決に言及していません[vi]。これは、欧州の裁判所(および統一特許裁判所)は、差し止められた国内裁判所の実際の管轄区域でなければ、国内での特許侵害について判決を下せることを示唆するものとなります。ミュンヘン裁判所には CJEU を否定する意図はないと推測できます。この 2 つを両立させるうえで留意すべき点は、他国での特許侵害について裁判所に裁定を求めることは、侵害の問題を管轄裁判所に提訴することになるため、強制的ではないということです。対照的に、グローバルライセンスの要求や ASI の請求は間接的に行われるため、管轄裁判所での侵害判定が回避され、管轄裁判所の権限が損なわれることになります。
また、裁判所は、実施者が海外で料率設定を要求する場合、自らの申請に拘束されることを強調しています。つまり、提示されたロイヤリティが SEP 権者にすでに支払われている必要があります。最後に、この指針では、英国の高等裁判所が管轄権を英国に引き込み、グローバルレベルで和解させようとしていることを批判しています。とはいえ、英国の高等裁判所においても各管轄区域の独立性が維持されることは認識されているため、ミュンヘン裁判所は当該の判決を容認範囲内と判断しています。しかし、当事者に事実上の圧力がかかるような事態が生じた場合は、判断が速やかに変わることもあるでしょう。
執行の保証金
この指針では、最終判決ではない第一審判決の執行の保証金についても言及しています。この保証金は、執行によって生じる可能性がある損害について被告から提示された額に基づいて算出されるのが一般的です。ミュンヘン裁判所はこのアプローチを否定しています。
ドイツの実務では、特許ごとに個別の訴訟手続きで訴訟措置が進められます。これは、各特許の保証金が同じであることを意味し、事実上、各訴訟の販売差し止めで予想される損害額の合計に相当します。大規模なポートフォリオの場合、裁判所で考慮されるのは、最終的な差し止め命令が下されるまでに必要な訴訟手続きの回数のみです。
したがって、この指針では、執行の保証金を計算する場合、実施者にライセンス取得を強制するのに必要な訴訟手続きの回数に対する費用リスクを考慮することを提唱しています。ドイツでは、費用リスクに対する保証金額がほぼ 6 桁台の前半であるのに対し、販売差し止めでは容易に 9 桁台に達する場合があります。したがい、これは裁判所の指針の中でも注目すべき内容と言えます。
実施者のチェックリスト
偽りなくライセンス供与の意思を示すと裁判所が認める要素には、以下の内容が挙げられます。
当該規格に関連する数量を速やかに開示していること。
実施者が他のライセンサーからライセンスをどの程度取得しているか:規格において SEP ライセンスをすでに 50 % 以上保有している実施者と、ほとんど保有していない、またはまったく保有していない実施者との間には大きな差があります。
確立された慣行に沿って保証金を提供していること。
異議のない部分に対しては、ロイヤリティが遅延なく支払われていること。
早期のうちに拘束力のある仲裁を申し出て、最初から十分な交渉が行われていること。
権限のない担当者に委任するのではなく、意思決定者が交渉に関与していること。
注意点
この指針は、FRAND 問題に関する法廷の考え方について重要な洞察を提供し、内容の多くは SEP 権者にとって非常に有益な情報となります。ただし、留意すべき重要な注意点がいくつかあります。
これは司法判断の 1 つにすぎず、裁判所全体の判断ではありません。
この指針はミュンヘン高等地方裁判所の見解を逸脱しています。また、CJEU 判例法においても、異議のないロイヤリティに対する支払いが実施者に義務付けられている点で逸脱しています。法廷では長々と根拠が述べられていますが、おそらく付託を想定していると考えられます。
裁判所が強力で型破りな立場を取ろうとすると、思わぬところでリスクが生じる可能性もあります。
指針にある経済的根拠は、曖昧なままになっています。
分析は、大規模ポートフォリオを前提に、最終的に権者が優位になるものとして書かれているように見えます。少数の綿密に管理された資産のみに依存する小規模ポートフォリオへの適用可能性 については明確にされていません。
Hosea Haag はミュンヘンの AMPERSAND のパートナーです。
この記事に記載された見解は執筆者自身のものであり、必ずしもシズベルの見解を反映するものではありません。本内容は情報提供のみを目的としており、法的助言として解釈されるべきではありません。
[i]2025 年 7 月 14 日、7 O 64/25; 7 O 2750/25
[ii]2015 年 7 月 16 日、C-170/13
[iii]FRAND I、2020 年 5 月 5 日、KZR 36/17、FRAND II、2020 年 11 月 26 日、KZR 35/17
[iv]2025 年 3 月 20 日、6 U 3824/22
[v][2025]EWHC 1432(Pat)、2025 年 6 月 25 日
[vi]2025 年 2 月 25 日、C-339/22


